邂逅 - 佐倉side


 榛原の周辺は飲食店が多い。
 新規でオープンする店が増えた分、売り上げが伸びず閉店へと追いやられる店舗も目立つ。心機一転、リニューアルオープンする店も多い。
 これだけ飲食業界の入れ替わりが激しいとなれば、新たな店舗に足を運ぶ社員も多くなる。いつ潰れるかわからないからこそ、その前に行かなければならないという謎の使命感が、俺達の心に火をつける。
 そしてもうひとつ。お気に入りの店を見つけて、店の評判を拡散したいという純粋な思いも持ち合わせている。俺もその中のひとりだ。
 昼休憩になれば自由に動ける時間。周囲の店へと足を運び、同期の仲間達と新規開拓するのが密かな楽しみとなっていた。

「ヤバイ。今日のチキン南蛮重やばかった美味すぎ。俺の中の飲食店ランキング2位に上り詰めた」

 俺がそう豪語すれば、隣に並んで歩いていた同期の奴等が鼻で笑う。2日前に新オープンしたファミレスに、営業部の奴等と足を運んだ帰りのことだ。

「佐倉、いっつもそれじゃん。この間食べに行った蕎麦屋も「ランキング2位」とか言ってたよ」

 呆れ口調で罵るのは、営業部の中でも一際目立つ存在感を放つ男。緩いニュアンスパーマで仕上げたヘアスタイルは柔らかい雰囲気を醸しだし、垂れ目がちな瞳は優しげな印象を与える。誰も彼もが好感を抱いてしまうような甘いマスクで女性人気をもぎ取っている同期───内海優斗《うつみひろと》だ。その隣では、同じ営業部署で同期の鈴木武《すずきたける》が内海の言い分に頷いている。

「佐倉、先週食べに行ったチキンライスも「2位」って言ってたじゃん。お前のランキング2位入り乱れすぎだろ。どうなってんだよ」
「でも、どれも1位にはならないんだよな」

 瞳を細めながら、内海は控えめに笑う。鈴木と違って笑い方にも品があるのは、茶道の講師をやっている母親の影響だろう。無駄な動きが少なく、所作にも品格を感じさせるような立ち振舞いが板についている内海だけど、俺や鈴木と話す時だけは砕けた態度と口調で話す。それだけ素を晒けだせる相手として認識してくれているなら、それはそれで嬉しいけれど。

「佐倉の1位って、ずっと変わらないよな」
「俺の中では親父の味噌ラーメンが世界1位だから。不動の1位だから」

 それだけは譲れん。そう主張した時、階段から舞い落ちてきた紙が俺の顔面に直撃した。ぺし、と弱々しく貼り付いて、一瞬呼吸を塞がれる。

「ちょ、何、」

 ぺろんっと引き剥がした時、「あ、」と頭上から声が落ちた。その声が聞き覚えのある人のものだった事に驚き、少しだけ動揺してしまう。
 見上げた先には、やっぱり予想通りの彼女がいて、更に心臓がどきっと音を立てる。いつもと雰囲気が違うように見えたのは、きっと髪型のせいだ。普段はひとつに纏めている黒髪が、今日は珍しくおろしていたから。

「天使さん」
「佐倉、くん。あの、ごめんなさい。落ちちゃいました」

 謝罪の言葉を口にする彼女は、両手に数冊のファイルバインダーを抱えている。けれど、1冊だけファイルレバーが外れてしまったようで、中身の書類がぱらぱらと、床にこぼれ落ちていた。
 更に廊下の窓が数センチ開け放たれていて、外から入り込む隙間風が、悪戯に書類を遠くへ吹かせていく。ある意味、定番の展開がそこで繰り広げられていた。

「大丈夫?」
「大丈夫、じゃないかもです……」

 辿々しい口調で悲観する彼女に苦笑する。階段周りは書類まみれでなかなか悲惨な状況だ、誰かが手助けしないとこの子の手に余るだろう。
 足元に舞い落ちてきた紙に手を伸ばせば、内海と鈴木も一緒に書類を拾い始める。全て集め終わってから、鈴木が彼女に手渡した。

「これで全部かな?」
「あ、はい。あの、ごめんなさい迷惑かけてしまって」
「いえいえこれくらい全然。調査課の人?」
「はい」
「あーやっぱり。営業でも開発でも見ない子だと思ったわー」

 鈴木が人懐っこい笑顔を見せれば、背後からひょこっと顔を覗かせた内海も口を開く。

「調査課大変だよね。調査書類たくさんあるし、全部自分達で管理しなきゃいけないから」
「それなー。俺には絶対無理だわ」
「うん、今は鈴木じゃなくて彼女に話しかけてるから。黙っててくれる?」
「そんなツレナイこと言わないで内海クン。俺も女子と話したい」
「……ふふっ」

 内海が気遣うようにネタを振り、鈴木が茶化して天使さんが微笑み返す。その空気は和やかなもので、あの部署の連中のような、刺々しい雰囲気は微塵もない。俺が天使さんの名前を口にしても、鈴木も内海も何の反応もなかった。本当に彼女とは初対面のようだ。
 だから、天使さんがあの部署でどんな扱いを受けているのか、コイツらは当然知らない。いや、調査課以外の連中は誰も知らないんだ。彼女の理不尽な状況を、きっと誰も気づいていない。

「ていうか、佐倉と知り合いだったんだ?」
「え」

 鈴木の一言に声が裏返った。
 俺の動揺を悟ったのか、内海も口元をいやらしく緩ませている。

「おい佐倉、なに調査課の女の子にまで手出してるんだよ」

 なんて、とんでもないこと言い出した。
 デリカシーのなさよ。

「出してねーよ! 女子なら見境いなく手出してる内海と一緒にしないでくんない!? 俺は紳士ですから!!」
「あーーーーーーーーーー、




 そう。」

「長い!!!」

 俺達の必死なコントを静観している、天使さんの表情はずっと柔らかいまま。笑うことに慣れていないような、あどけない笑顔を見せつけられたら、やっぱり可愛いなって思ってしまう。
 ……最近、天使さんを見る俺の目がやばくなってる気がする。

「それより天使さん、気を付けてね。そこの爽やかイケメン、内海って言うんだけど。やばいからねソイツ。優しそうな顔してクズ男だからね変態だからね。近づかない方がいいよ」
「ちょっと。佐倉そんな風に俺のこと見てたの?」
「当たり前じゃボケ」

 腹立だしいことに、コイツに泣かされた女性社員は多い。その度に女子から泣き言を聞かされるのは俺の方で、毎回同じ愚痴を聞かされるこっちの身にもなってほしい。それを内海に告げたところで「飽きちゃうんだよね。仕方ないよ」と優しげな顔で残酷なことを口にするから呆れて物も言えない。それでもモテるのだから本当に世の中どうかしてる。

 ……天使さんは顔や収入だけで男を選ぶような子には見えないし、大丈夫だと思うんだけど。相手が内海なだけに心配だな……。

mae表紙tugi

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