微熱


 速水くんの言う「少しだけ触れさせて」って、どの程度までが"少しだけ"、なんだろう。
 押し倒された後になって、ふと、そんな疑問が頭の隅っこに浮かんだ。





「ん……っ、」

 ちゅ、ちゅっと胸元に落ちていた唇が、また上へと遡る。顔の輪郭を辿り、耳へと辿り着いた彼の唇が、今度はかぷっと私の耳朶を食してきた。
 背筋に強い刺激が走り、腰が跳ねる。

「っあ……ッ、耳、噛んじゃやだ……っ」

 反射的に身を捩って逃げようとしても、彼の両腕に抑え込まれて動けない。
 逃げられない状況下であることをいいことに、速水くんの愛撫は激しさを伴い始めた。
 ねっとりとした舌使いで舐められて、熱い吐息を吹き掛けられて。甘噛みされれば一層、甲高い声が上がる。
 くちゅくちゅと内側も貪られ、卑猥な音がダイレクトに響き、心が昂る。頭の芯が痺れて、思考が徐々に鈍っていく。

「だめっ、もうだめ……っ」
「もう限界……? まだほとんど触れてないのに」

 物足りないと不満を漏らされても、こっちはもう、いっぱいいっぱいな状態なのに。

「み、耳は、へんな気分になるの」
「……変な気分になるの?」
「なっちゃう……」
「……ねえ、ほんと可愛い」

 吐息混じりの囁きと、舌での愛撫に私は弱い。
 性感を焦らされて、余計に興奮を掻き立てられる。
 執拗に耳だけを貪られる行為は、もはや拷問の域を越えている。くすぐったくて、背筋がゾクゾクして、生理的な涙が滲む。
 彼を止める術も持ち合わせていない私は受け身に徹することしかできなくて、肩で息をしながら耐えるのが精一杯な有り様だった。

「は、やみく……ほんと、に、もう嫌……っ」

 これ以上は耐えきれそうにない。
 そう懇願すれば、彼はやっと愛撫を止めてくれた。
 散々弄ばれた側の耳はすっかり熱を持っていて、生々しい感覚がずっと残っている。
 やっと刺激から逃れられたのに、私の身体はもう、彼がくれる快楽を覚えてしまっている。物足りない、そう思ってしまった。
 そう思わされた時点で、主導権は彼が握っているようなものだった。

「っは……ぁ、はあ……」
「……天使さん、すごくえっちな顔してる」
「……し、てない」
「こんなに蕩けた顔してるのに?」

 息も絶え絶えな私の両頬を、速水くんの両手が包む。手のひらの温度は意外と冷えていて、いかに自分の顔が熱を帯びているのかを実感した。
 目尻に溜まる涙を、彼の親指がそっと拭う。

「もっと触れてほしい?」
「っ……」
「天使さん?」
「……耳……は、いや」
「耳『は』?」

 あ、と気付いた時にはもう遅い。私の本音を引き出すことに成功した速水くんの表情が、確信を得て笑みを作る。
 『耳は』なんて、耳以外なら触れてもいいと、自ら認めてしまったようなものだ。

 恥ずかしさで頭を抱えている間も、彼の手は止まらない。頬から首筋へ滑り落ちる指先が、今度は私のシャツに触れた。
 ぷつん、とボタンを外されて、ドキッと鼓動が大きく跳ねる。
 たて続けに外されて、開けた隙間から胸の谷間が露出した。

「やっ、速水くん……ッ、これ以上は」

 これ以上、先に進んだら。
 もう、本当に抑えが効かなくなる。
『少しだけ』じゃなくなる。

 それはお互いにわかっているのに、私は強く抵抗できなくて、速水くんに至っては中断する気配もない。そればかりか行為はますますエスカレートするばかりで、私達の行き過ぎた欲は、歯止めがきかなくなっていた。

 シャツの中に忍び込んだ指先が、ブラのワイヤーの縁を沿うようになぞっていく。
 これまで、幾度となく抱かれてきた彼との情事を彷彿させるような動きに、胸が疼いた。

「だめ……ッ」
「でも、触れてほしそうな顔してる。カラダも」
「や、してな……、っあ……!」
「ほら、こんなになってる」

 ブラで隠れた頂の部分を、ふに、と指で押し当てられた。
 突如襲った甘い刺激に、たまらず嬌声を上げる。

「……ね、ココ、硬くなってる」

 密かに存在を主張し始めていたソコは、布越しに触れれば尖りがくっきりと浮かび上がるくらい、既に硬さを増していた。
 その先端を、彼の指先が何度も弾く。
 ブラの上からくにくにと弄ばれ、下半身にどんどん熱が溜まっていく。

「んっ……」
「……天使さん、好き。触りたい」
「あ、ん……ッ、まって……っ」
「……だめ?」
「……だめ……、」

 ───な、はずがない。
 本当は触ってほしい。少しだけじゃなくて、全部、余すことなく触れてほしくなった。疼いて仕方ないお腹の奥に、速水くん自身が欲しくなった。
 身体が熱くて、頭がふわふわして、ギリギリで保っていたはずの理性も徐々に崩れていく。
 耳だけを犯され続けて、胸の頂に刺激を与えられて、否応にも引き出された官能の灯火は、自分の意思で鎮火できるものじゃない。

 ブラの上からじゃ嫌。
 直接触ってほしい。
 布1枚分の隔たりが、こんなにももどかしい。
 どうして頑なに拒んでいたのか、その理由すら、どうでもよくなってしまった。

「……さ、わって」
「なに? 聞こえない」
「っ、まだ、触って……ほしい、少しだけじゃ足りない、もっと……速水くん……っ」
「……待ってたよ、その言葉」

 彼がくれた一言を最後に、私は抵抗する意思を捨てた。

 彼の首に両腕を巻き付けて引き寄せる。噛み付くようなキスが落ちて、自ら口を開いて速水くんを誘い出した。
 すぐに応えてくれた彼の舌が、私の熱と絡まる。口内を縦横無尽に舐め尽くされて、彼に全てを支配されていくようでゾクゾクした。

「んっ、ん………ふ、ぁ……」

 何度キスしても飽き足らず、貪るように求め合う。上半身を起こし、互いの着衣を脱がしあいっこしている間も、私達はキスを止めなかった。
 互いの手はせわしなく動いていて、相手の服を剥ぐことに一生懸命なのに。必死になって脱がせるくらいなら唇を離せばいいだけなのに、頭ではわかっていても本能が言うことを聞かない。夢中だった。

「……あつい」

 そんな呟きが口元に落ちる。
 うっすら瞳を開ければ、速水くんは自らのシャツを脱ぎ捨てていた。
 額にはうっすらと汗が滲んでいて、露になった二の腕でグイと拭う。
 切羽詰まったキスの応酬は私達の体温を上げ、やっと唇が離れても、まず荒い息を整えることに時間を有した。

「……速水くん、顔赤い……」
「天使さんも赤いよ」
「……暑いね」
「ね」

 なのに私達は、終わらないキスを交わしあう。



 ───やっぱり、こうなっちゃったね。

 唇を触れ合わせながら、彼がそう囁く。
 まるで、こうなることを事前にわかっていたかのような口振りに聞こえた。

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