分岐点 - 佐倉side


「あのさ、俺ずっと思ってる事があるんだけど」
「なんだい井原クン」
「天使さんって、ずっと調査課にいるつもりなのかな」

 スマホ画面の上を滑っていた指が止まる。目を向けた先には缶コーヒー片手に壁に寄り掛かっている、井原の姿がある。
 1階の休憩スペースで、部署異動の話を進めていた際の、この発言。俺が眉間に皺を寄せれば、井原は困ったように笑った。

「そんなに嫌そうな顔しなくても」
「いや、別に嫌じゃないけど。部署異動はさ、井原自身の意思じゃん? 天使さんのことが気掛かりなのはわかるけど、彼女の事はこの際、横に置いとこうぜ」
「……冷たすぎない?」
「井原の言いたいこともわかるって。でもさ、『異動したい、でも天使さんが……』って言ってたら、いつまでたっても堂々巡りじゃん。話が先に進まない」
「そうだけど」
「天使さんには悪いけど、今は自分の意思を優先させた方がいいと思うけど」

 大体、あの部署の現状はもう、天使さんだけの問題では済まなくなっている。井原がどうこうできる話でもないし、天使さん自身が上司に密告するなり何なりしないと、解決の糸なんて見つかるはずもない。
 当事者が現状を変えようと動かない限り、もうどうしようもな…………、

「いやそれだよ!!」
「いや、どれだよ」

 俺の絶叫に、今度は井原の眉が寄る。

「部署異動!! そうだよ、なんでそれに気づかなかったんだ俺!!」

 盲点だった。この手があった。
 天使さんも一緒に、井原と異動してしまえばいいんじゃないか。

 勿論、それで万事解決という訳じゃない。
 異動しただけなら根本的な解決にはならないし、そもそも2人以上の人間が同時に、中途半端な時期に異動できるのかも定かじゃない。
 それに、部署内でのいざこざが原因で異動した、なんて上にバレたら、芹澤専務の信頼や出世に響くかもしれない。

 けど、こればかりはもう仕方ない。

 部署はほぼ全員グルだし、井原達はビビってるし、ミキは我関せずだし、芹澤専務は空気だし。天使さん自身が動かなきゃ、あの異様な職場環境はどうにもならない。
 その天使さん本人が動かなかったから、3年もこんな状態が放置されていたわけで。
 でも、井原と一緒に部署異動する事を勧めれば、彼女自身も動こうとするかもしれない。
 もし井原と天使さんが調査課から異動すれば、今度は違う誰かがターゲットにされるかもしれない。けど、そこまで俺達が関与できる話じゃない。

「でも、実際にどうなんだろ。天使さんに、異動したいって意思があると思うか?」
「うーん……、俺も、普段から天使さんとたくさん話す方じゃないし……。まあ、今度さりげなく聞いてみるよ」

 井原の発言に頷きかけて、ふと動きを止める。

「……あの、井原クン」
「なに?」
「えー、いやー、そのですね」
「何、急にかしこまって」
「……や、その話さ。俺の方から天使さんに訊いてみてもいい?」

 井原が言っても俺が言っても同じなら、俺から訊いてみてもいいよな?
 そんな安易な思い付きから出た発言だった、けれど。

「なんで?」

 まさかの返しを受けた。

「っえ、な、なんで? と、聞かれても??」

 逆に問い返されて大いに焦る。慌てる必要なんてないのに狼狽えてしまった。

 別に、この発言自体に特別な意図はない。
 ただあの日、夜中のコンビニで天使さんと偶然会って以来、10日以上も彼女と会っていない。
 だから久々に話したいなーと思っただけで、本当にそれだけで、深い意味は全くなかった。ラーメン屋の誘いも中途半端なままで終わってたし、この機会にもう1回誘ってみようかな、なんて思っていただけだ。

 って、素直に言えばいいのに。
 何故か言葉が詰まった。
 原因は多分、あれだ。

 速水。
 あいつがどうも気になる。



 あの日以来、天使さん同様、速水とも社内では会っていない。
 速水の評判は相変わらず高くて、けれど俺の中では、以前として"きな臭い奴"のままで止まっている。
 それにあの日、天使さんと2人で会っていたんじゃないかという疑念が、胸の奥でずっと燻っていた。
 しかもその後、ミキとも会っているという。
 波乱の予感しかしない。
 だから関わらない方がいいと、本能的に悟った。
 けど"あの時"の、速水の態度がずっと頭に引っ掛かっていて、忘れようにも忘れられないでいる。
 天使さんのことを、冗談で好きだと言ったあの速水は、とても冗談を言っている風には見えなかったから。

 やっぱりあいつ、好きなんじゃねえの。天使さんのこと。

 でも、あの速水と天使さん……って組み合わせが意外すぎてしっくりこないし、天使さん自身は速水をどう思っているのかも気になるし、いやそもそも気にしてる俺は何なの? って頭を抱える始末。堂々巡りは俺の方だ。
 やばい自分で自分のことがわからなくなってきた。

「……ふーん?」

 ひとりでパニックに陥っている俺を見て、井原は何かを悟ったような表情を浮かべた。ただ意味ありげに笑うだけで、深くは追求してこない。微妙な空気に包まれた室内は、酷く居心地が悪かった。

「……何だよ」
「別に何も?」
「何か言いたそうですけど」
「や、随分天使さんを気にしてるんだなー、って思っただけ」
「そりゃあね!? 天使さんの現状を知ったら気になるっしょ!? 別に普通!」
「本当にそれだけ?」
「他に何がありますか!?」

 そしてムキになってる俺は何なのよ。

mae表紙tugi

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