守り方、守られ方3 - 速水side


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら三樹さんが尋ねてくる。その瞳がキラキラと瞬いていて、純粋な好奇心から発した言葉なのだとわかった。

「女の子って、そういう話好きだよね」
「だって気になるじゃない。社内屈指の爽やかイケメンが、あーんな地味子のどこに惚れたのか。他の女に勝るくらい魅力的な部分がないと無理じゃない」
「……別にイケメンじゃない」
「謙遜」
「ていうか、天使さんの話じゃなかったの?」

 三樹さんに悪気はなかったのだろうけど、その偏った考えは、聞いてる側としては気分がよくない。個人的に無理だとは思わないし、そもそも天使さんは地味でもない。服装や髪型に気を遣っているし、デートの度にメイクを変えたりして、人に見えない努力をしてる。見た目に十分こだわってる方だ。
 けど仕事柄、見た目を最重視している三樹さんに何を言っても何も通じない気がする。
 だから反論しないでおいた。

「……天使さん、でかウサギが好きなんだ」
「でかウサギ? あの、無駄に顔がでかくて耳がちっさくて、トボけた顔してる頭弱そうなキャラクターのこと?」

 あんまりな評価だ。
 けど、あながち嘘でもないから否定も出来ない。でかウサギとは、天使さんが好きなキャラクターのひとつだ。

「天使さん、実はぬいぐるみを集めるのが趣味なんだ。特にでかウサギには目がないんだよ。一緒にデートとか行っても、いつの間にか天使さん、居なくなったりするんだけど。そういう時は大体、でかウサギの特設コーナーにいるから。どう思う? 可愛くない? 普段からツンツンしてるのに可愛いもの好きとか可愛くない? あと天使さん、動物も大好きでね。野良猫とか見かけたら声掛けずにはいられないみたいで、瞳きらっきらさせながら話しかけるんだよ。可愛い。天使が天使に話しかけてるとか至高。ごめん、何言ってるかわかんないよね、俺もわかんない。あと天使さん、寝起きが一番素直なんだ。想像してみて? いつもツンとしてる子が、気の抜けた顔で甘えてきたら軽く死ねるから。あの可愛さを全世界に発信したいくらいだよ。しないけどね。名は体を表すってよく言うけれど、天使さんは正にその通りの女の子だと思う。






三樹さん、聞いてる?」

「あーうん、きいてるきいてる(棒)」
「それから、」
「まだあんのかい」

 聞かなきゃよかった、頬杖をつきながら三樹さんがため息をつく。
 せっかくの機会だ、天使さんの魅力をこれでもかってくらい沢山教えてあげようと思ったのに、こんなに素っ気ない態度を取られてしまっては喋りたい意思も消え失せてしまう。
 仕方なく口を閉ざした俺に、三樹さんは脇に置いたままのショルダーバッグを手に取って立ち上がった。

「三樹さん、帰るなら送ろうか?」
「遠慮するわ。彼女持ちの男に送ってもらうほど困ってないから」

 微笑を浮かべる彼女の瞳は、相変わらず強い光を放っている。
 その光が一瞬弱まったかと思いきや、「あっ」と何かを思い出したような声を発して、三樹さんは椅子に座り直した。
 その不可解な行動に首を傾げる。

「どうしたの?」
「私、速水くんに謝らなきゃいけない事があるのよ」
「なに?」
「先日の話なんだけど。わたし、天使さんのこと脅しちゃったの」

 は? と首を捻る。
 脅した、という不慣れな単語に目を見開く。

「脅した……って何? なんで?」
「女子連れてトイレに行った際にね。あいつら、個室に天使さん隠れてたのに、気づきもしないであの子の陰口叩きやがったのよ。胸糞悪かったから、咄嗟にアンタの話題にすり替えたんだけど。結局バレちゃった」
「……え、バレたって」

 つまり、こういうことだ。

 先日、三樹さんが部署の女子数人と女子トイレに向かった際、タイミングの悪いことに、天使さんもその場に居たらしい。ただ天使さんは個室に入ったままで、三樹さん達とは直接鉢合わせてはいないようだ。
 最悪だったのは、彼女達が天使さんを、面白おかしく叩き始めた事。三樹さんが機転を利かせて俺の話題にすり替えてくれたらしいけど、直後に個室から物音がして、天使さんが隠れていたことがバレそうになった、と。
 そういう話らしい。

「トイレがひとつ、使用中になってたから。出てくる気配もないし息潜めてる気配があったから、天使さんだろうなって思ったけど。でも他の奴等にバレたらヤバイと思って、個室から出てこないように外から脅したの。扉蹴ったり殴ったりして」

 ちょっとやり過ぎちゃった、なんて軽く言うあたり、反省の色はあまり見えない。

「……いや、怖いよ。なにしてるの」
「だから悪かったってば。でも多分、かなり怖がってたと思うから。いつか天使さんに本当の事を話すときは、私の代わりに謝っておいて」

 そういうのは自分の口から言わないと意味がないのでは……と思っても、プライドが高い三樹さんのことだ。自らの口から謝罪も感謝も言うことはないんだろう。

「……よく天使さんだってわかったね」
「わかるわよ。あの子、飲み会の話題で盛り上がってる時に限ってオフィスから抜け出すもの。それに、社内で雲隠れできる場所なんて大体限られてるでしょ」

 確かに、と思う。
 三樹さんの言う通り、部署が盛り上がってる最中に彼女がオフィスから抜け出すのを、これまで何度も目にしてる。
 その度に追いかけたい気分に駆られたけど、部署の連中や芹澤さんの目がある以上、迂闊に動くことはできなかった。

 あの日、俺の知らない場所で、天使さんがそんな目に合っていたなんて知らなかった。今までも俺の知らない所で、彼女はいつも傷つけられてきたんだろう。
 ……何もできなかった、いや、何もしてこなかった自分の無責任さに腹が立つ。同時に部署の人達にも。だから1日でも早く、あの子を辛い現状から解放してあげたい。
 たとえ他の部署へ異動になったとしても、天使さんには天使さんの、ちゃんと活躍できる場があるはずだ。

 ……にしても、本当に三樹さんには色々と驚かされる。洞察力が半端なく高い。
 こんなに頭のキレる人を、久々に見た気がする。絶対に敵に回したくない人だ。

「じゃあ、私帰るわ。速水くんはどうするの?」
「……もう少しここにいるかな」
「そ。じゃあここでお別れね」
「うん。今までありがとう」
「こちらこそ」

 高級チョコを抱えながら、三樹さんはもう一度席を立った。この場を立ち去ろうとした直後、俺の方を振り返る。
 見上げた先にある彼女の表情は、珍しく柔らかな笑みを浮かべていた。

「速水くん、結婚おめでとう」
「……ありがとう」



 本当のことを言うと、今、三樹さんを手放すのは正直辛い。彼女の存在は頼もしく、精神的な面でも本当に心強かったから。同じ思いを共有できる人が傍にいる安心感が、いつも俺を支えてくれていた。
 けれどこれ以上、俺達の問題に三樹さんを巻き込んではいけない。もし天使さんが異動になった時に、悪意の矛先が三樹さんへ向かう展開だけは避けたかった。

 今度は俺ひとりで、天使さんを守らなきゃいけないと思うと不安がよぎる。
 それでも、貫かなければいけない思いがある。
 自分には彼女を守る権利と義務があって、そして、それができるのも自分だけだ、と。






『──天使ひよりは切り捨てろ。お前には荷が重すぎる』


「………」

 先日告げられた、不安を煽る仁の言葉が甦る。
 その忠告を打ち消すように、頭を振った。


(2.5章・了)

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