露天風呂の情事2* 「速水くん……足りない……」 「じゃあ、立って?」 彼に腕を引っ張られ、ゆっくりと立ち上がる。隙あり、とばかりにタオルを剥ぎ取られ、隠していた素肌が露になった。巨石の縁、私の手が届かない位置にタオルを置くあたり、返してくれる気もないようだ。 ふわふわした頭では、それを取り戻そうとする気力すら起きない。 「ここに、後ろ向きで手ついて」 速水くんの手が、巨石の縁をぽんぽん叩く。言われた通りに背を向けて、身を屈めて両手をついた。つるりとした冷たい感触が、手のひらから伝わってくる。 お尻を突き出すような体勢になってしまって、堪らない恥ずかしさが込み上げてくる。それでも拒みたい気持ちは湧き起こらなくて、後ろにぴったりとくっつく速水くんの体温が、直に伝わってくることが嬉しい。 「……あっ」 太腿の後ろを、手のひらが這う。彼の指先がくすぐるように、内股やお尻を撫で回す。 一番触って欲しいところには触れてくれない。 私に気遣っているのか、それとも意地悪しているだけなのかはわからないけれど、既に快楽を欲してる身体にその弱々しい愛撫は毒でしかない。 「は、……っ」 早く、と言いかけて息が止まる。背中に感じた唇の熱に、途中で言葉を遮られた。 背骨に沿って、つー……と舌が伝っていく。 ゾクゾクとした甘い刺激が、身体中を駆け巡った。 「背中も綺麗だね」 「んっ……」 「全部綺麗だけど。……指挿れるね」 その一言を発した後、ぬかるみに触れた指が秘裂を押開き、ゆっくりと埋まっていく。やっと見えた快感に、身体は悦び勤しむように奥から蜜が溢れ出る。 最奥へ辿り着いた指をクイッと折り曲げて、速水くんは私の弱いところを執拗に責め始めた。 暴力的なまでの快感に乱されて、身体が仰け反り蜜が滴り落ちる。 ぐちゅぐちゅと、淫らな音が耳を衝いた。 「あっ、ん、アッ……ん、あぁ……っ!」 「気持ちいい?」 「ん、うん……ッ」 「ちゃんと言って」 「……き、もちい……、きゃッ……!」 言った直後、彼の片手が脇の下から忍び込んできた。ふに、と柔く乳房を揉まれて、胸の先端を指の間で捏ねられる。 くにくにと弄ばれ、たまらず甲高い声を上げてしまった私に気を良くしたのか、ナカを犯す指の動きが激しさを増してきた。 パシャ、と愉しげに湯が跳ねる。 「まって、はげし……ッ、」 「待たないよ。指で奥いじられるの、好きでしょ? こんなに濡らして」 「や、そこだめ、アッ、あん……ッ!」 胸は優しく揉みしだかれて、ナカはぐちゃぐちゃに掻き回されて。同時に襲い掛かる快楽に腰が砕けてしまいそう。 両手で身体を支えていなければ、きっと足元から崩れ落ちていた。 ガクガクと震える脚を必死に保ち、押し寄せる快楽の波に耐え忍ぶ。 「……あっ」 嬌声を上げる傍ら、ふと気付く。 太腿に押し付けられた、彼自身の存在感に。 (速水くん、私に挿れたいと思ってくれてる……) その熱さや硬さをはっきりと感じ取った時、身体が発火したように熱くなり、下腹部がきゅんと疼いた。 欲望に忠実な身体は期待感に染まり、ますます秘所を濡らしていく。私がその存在に気づいていることくらい、彼もとっくに見抜いているはずだ。 ───挿れてほしい。 多少強引でもいい。速水くんの余裕がなくなるくらいメチャクチャにしてほしい。身体も心も全部、彼だけに染まりたい。 普段の私ならこんなこと思わないのに、ここ最近のスレ違いの反動なのか、彼を欲する気持ちが止まらなくなっていた。 ……でも、無理だ。 だって、ゴムがないから。 「ひゃ、あ……ッ!?」 だから、なのかはわからないけれど、速水くんは指を引き抜いた後、自分自身を私の両脚の間に差し入れてきた。 ビックリして、素っ頓狂な声が出る。 蜜を先端に塗りつけて潤滑を良くし、股間の合間を行ったり来たりしているだけの動きは、挿入するつもりがない意思を物語っている。いわゆるこれは、素股の行為。 けれど馴れないその刺激は、快感と呼ぶよりもくすぐったい感覚に近くて、甘い思考は一気に吹き飛んでしまった。 「あ、これ結構気持ちいいね」 「ふ、ひゃ、待って待って、ふふっ」 「? なんで笑うの?」 「や、だめ動かないでっ、脚くすぐったいの、もうやだっ」 柄にもなく、キャッキャとひとりで騒ぎ出す。楽しいわけじゃないけれど、くすぐったさが半端なくて、涙目になりながら制止を掛ける。こんなのをずっと続けられるとか、拷問に近い。 でも途端、彼の動きが止まった。 珍しく私のお願いを聞き入れてくれた、と安堵した直後、後ろからぎゅうっと強く抱き締められる。驚く私の耳元で、速水くんが小さく呟いた。 「あー……もう、可愛すぎ……」 はあ、と悩ましげな吐息まで聞こえて。 その言葉に狼狽える私の腰を掴んで、速水くんは自分自身を、濡れそぼった入口に押しつけてきた。 先端がぬぷ、と僅かに埋まる。 それが生での行為だと気づいた瞬間、一気に血の気が引いた。 「やっ、だめ」 「……挿れちゃだめ?」 「だ、だめ、絶対だめ」 「奥に欲しくないの?」 「だめだよ、生は……っ」 馬鹿のひとつ覚えみたいに、「だめ」をひたすら繰り返す。ふるふると首を振って、必死に拒否の意思を貫いた。 私だって本当は挿れてほしいし、彼と一緒に気持ちよくなりたい気持ちもあるけれど、それはあくまでも、避妊をしているからこそ託せる願い事だ。 生での行為は、大きな覚悟が必要になる。 その覚悟も出来ていない、将来すら見据えていない現状で、避妊なしの性行為なんて危険すぎる。望まない妊娠なんてしたくない。 「あっ……!」 そんな私の思いを裏切り、とうとう浅い場所に亀頭が埋まってしまう。身体の熱が急速に冷えていくのがわかった。 本気で焦り始める私とは対照的に、速水くんは落ち着き払った態度で、ゆるゆると腰を押し進めていく。 あ、やだ、入っちゃう……っ! 「だめっ、速水くん待って、ほんとに入っちゃうから、やだぁ……!」 必死に懇願する私はもう泣き声に近い。 男のヒトは生でシたい生き物だと本能的に悟ってはいたけれど、速水くんが後先考えず乱暴をする人だとは思いたくない。 この先へ進むのが怖い。何とか速水くんに止まってほしくて、身体を捻って彼を見上げる。 瞳が合った瞬間、はっとしたように速水くんの目が見開いて、すぐさま腰を引いてくれた。ナカに埋まっていたソレが抜けたことに、心底ほっとした私の身体から力が抜ける。 「っ……、ごめん。怖がらせたね」 謝罪の言葉を口にした速水くんは、焦った様子で私を背後から抱き締めた。 彼の両腕に閉じ込められたまま、再び、お湯の中に引き戻される。彼の中ではもう、続きをするつもりはないみたいだ。 外気の空気に晒されていた肩や二の腕が、湯に浸かったお陰で再びぽかぽかと暖まってくる。速水くんの顔を見たかったけど、後ろから強く抱きかかえられていたから見れなかった。 「拒絶してくれてありがとう」 「………」 「ちょっと、理性飛んでた」 「……怖かった」 「うん。ごめんね」 「露天風呂でのえっちを禁止します」 「はい……反省してます」 しょんぼりした声で言うから、思わず吹き出してしまった。無理矢理されそうになったけど、あれは決して故意ではなく、無意識に求めてくれていたのかな、と。そう思うと少しだけ、くすぐったい気持ちになる。 小さく笑い声を立てると、速水くんもほっとしたように笑ってくれた。 「最近、俺ちょっとやばくて」 「?」 「天使さんのこと好きなんだけど、好きが振り切れ過ぎてるっていうか」 「……?」 「3年も経てば、普通は落ち着くはずなのにな」 「………」 ……それに対して私は、どう受け答えしたらいいのかな。 頭を捻って考えてもわからないので、とりあえず今の発言は彼の独り言だと解釈しておいた。 彼の方も、私からの返事は特に期待していなかったみたいで何も言わない。縁に置いたままのタオルを手に取り、速水くんはゆっくりと立ち上がった。 目で追って見上げれば、優しい表情が瞳に映る。 「俺、先に上がってるから。天使さんはもう少し、ゆっくりしてていいよ」 「……うん」 「飲み物買ってきておくね。何がいい?」 「んと、お茶」 「おっけ。じゃあ後でね」 ぽん、と頭を撫でられて、彼は私から離れていく。 ぺた、ぺた、と足音が遠退いていくのを背中越しに聞いていた時、「あ、」と何かを思い出したような彼の声が聞こえた。 足音が途中でぴたりと止まり、再び歩き出したかと思えば、今度は私に近づいてくる。何故かこっちに戻ってきた。後ろを振り向けば、すぐ真後ろに居た速水くんがしゃがみこんでいる。 「いっこ、言い忘れてた」 何事かと見上げる私に手を伸ばし、速水くんは私の頬をむぎゅ、と軽く摘まんできた。なかなかの痛さ。 「いひゃい」 「俺、ちゃんとゴム持ってきてるから」 「…………、ん?」 「だから。夜は濃厚にシてあげる、ね?」 ぱちぱちと瞬きを繰り返す私に、速水くんはニッコリと爽やか満点の笑顔を披露する。そして今度こそ私から離れて、静かにその場を後にした。 彼の後ろ姿を呆然としながら見送った私は、何だか腑に落ちない気分のまま、今度こそ此処の露天風呂を堪能しようと気持ちを切り替える。けれど、つい先程まで男と情事に耽っていたわけで、結構、ぬ……濡れてしまったわけで。心の余裕的にも正直、楽しめる気分じゃない。 「……あれ?」 そこで気づいた。 こめかみに触れ、耳たぶに触れ───いつもの【アレ】が無かったことに、今更気づく。 速水くんに抱かれる時、その寸前にいつも私を襲っていた、あの警告音。 「……耳鳴り……」 が、一度も起こらなかった。 トップページ |