露天風呂の情事1*



「……ねえ速水くん」
「なに?」
「どうしてこうなるの」

 肌に馴染む、しっとりとした感触の御影石をくり抜いた巨石風呂。その縁に背を預けながら速水くんは座っていて、何故か私は、彼の両脚の合間に座らせられている。
 背後から回された両腕に、身体をがっちりホールドされて動くことすら叶わない。広い胸にもたれ掛かった体勢で、私は大人しく、彼の腕の中に収まるしかなかった。
 自然の香りに包まれた空気と、ちょうどいい感じの湯加減をじっくり堪能したいのに、彼との距離が近すぎるせいで風情を楽しむ余裕もない。

「……普通に、隣に並んで湯に浸かればいいんじゃないの?」

 何もこんな風に密着しなくても。
 それに、後ろ抱きにされているこの状態だと彼の顔すら拝めない。
 そう控えめに異議を申し立ててみるけれど、速水くんはこの体勢がお気に入りらしく、私の言い分は聞き入れてもらえなかった。
 それどころか、

「文句を言いたいのはこっちだよ。天使さん、これ何?」

 逆に不満をぶつけられた。

 身体に巻き付けたタオルの端っこを、速水くんの指が摘まむ。ちょいちょいと悪戯に引っ張られて、その度に布がずれていく。隠していた部分が暴かれそうになって、私は慌ててタオルが落ちないように握り締めた。
 負けじと睨み上げれば、速水くんもつまらなそうな表情を浮かべながら、はあ、と溜め息をついている。

「なんでタオルで隠すの。意味がわからない」
「ふ、普通は隠すよ。それに恥ずかしいし……」
「せっかく期待してたのに」

 期待って何。
 そう反論しそうになって寸前でやめた。
 そんなことを聞いたところで彼の思うツボだし、会話の流れ的に、よろしくない展開になだれ込みそうな気がする。
 ただでさえ数分前に、「なにかするかも」、なんて不穏な発言を耳にしたばかりなのに。

「……速水くんだって、腰にタオル巻いてるし」
「そりゃ巻くでしょ。天使さん、びっくりして逃げちゃうかもしれないし。……それとも、素っ裸のままがよかったの? 大胆だね」
「ちが……っん、」

 否定しようとした最中、首筋に感じた生々しい感触。それが何かなんて、頭で理解するよりも身体がよく覚えている。びくっと肩が震えた。
 ぺろ、とうなじを舐められて、彼の舌先が肌の上を滑っていく。ちゅっと強く吸われて、背筋に甘い刺激が走った。

「や……」
「天使さん、肌がすごく白くて綺麗。跡つけたら、すぐ赤くなっちゃうね」
「……つけないで」
「……やだ。つける」

 まるで子供みたいな返事を残し、身体のあちこちに彼の唇が触れる。耳に、うなじに、肩に、首筋。湯に隠れていない部分に、彼は絶え間なく優しいキスを落としていく。
 ちゅ、ちゅっと艶かしい音が狭い空間に響き渡って、羞恥から耳を塞ぎたくなった。

「……っ、速水くん」
「……ん?」
「あ、の……恥ずかしい」
「うん」
「だから……キスは、その」

 やめてほしい、と。
 簡単に言えたら、こんなに苦労はしない。
 恥ずかしさで拒みたい気持ちと、触れてくれることが嬉しい気持ちが交差する。
 その中に混じる、背徳感と罪悪感。
 僅か15室しかない、隠れ宿のような素敵な旅館で、自然に囲まれた風情ある露天風呂。そんな場所でこんな事をしていることに、少なからず抵抗感もあった。
 それだって時間が経てば、彼に触れられて悦ぶ気持ちの方が勝ってくる。速水くんの行為が止まる気配がないことを理由に、私はただ黙って彼からの愛撫を受け入れた。

「……ぁ、ん、やぁ」

 遠慮なく耳を弄ばれ、吐息混じりのリップ音が鼓膜に響く。強烈な刺激に身体が震えた。

「はあ、天使さんに触れるの久々……」

 酔いしれたような甘い囁きと共に、またひとつキスが落ちる。

「……あ、あの、まだ……?」
「……ん? 何が?」
「き、キス、まだ終わらないの……?」
「ええ……そんなに嫌?」

 萎えたような弱々しい声。

「……だって……速水くんに触れられたら変な声出ちゃうの、やだ……」
「……っ、そういう事言うから。したくなるんだよ」
「え、ちょっと……んっ、」

 かぷ、と首筋を軽く噛まれて、甘い痛みがじわりと広がる。飽きることなく続くキスの嵐に、思考が徐々にぼんやりとしてきた。
 身体が熱い。
 甘ったるい空気に流されてしまいそう。
 唇と舌の執拗な愛撫に、彼の手で慣らされた身体はいとも簡単に絆されて弱っていく。

「……あっ、」

 私の抵抗も次第におざなりになってきた頃、そのタイミングを見計らってか、彼の手が太腿に伸びてきた。
 手のひらでゆったりと撫で回され、内側の際どい場所に彼の指先が滑り込む。瞬時に身体が強張った。

「やっ」
「……嫌?」
「へ、変なとこさわらないで」
「じゃあどこなら触っていいの?」
「え……そ、れは」
「どこ?」

 追い詰めるように問われて、私は黙り込む。
 本当は全部触れて欲しいなんて、恥ずかしくて言えない。

「天使さん?」
「………」
「言わないなら触るよ?」
「……っ!」

 後ろ抱きのま両脚を開かれて、彼の指が秘所に触れる。ねっとりと撫でる動きに、ぞくっと快感が走った。
 繰り返されてきたキスのお陰と言えばいいのか、直に触れられたソコは、温泉の湯とは明らかに違う潤いで満たされている。

「……なんでもう濡れてるんだろ。俺何もしてないのにね」
「……キス、したもん」
「キスだけで濡れるのやらしくない?」

 まるで淫乱だと指摘されたみたいで、かつてない程の羞恥心に苛まれる。かっと顔に熱が上がって、この場から逃げ出したくなった。
 もちろん彼がそんなことを許すはずもなく、片手で私を拘束しつつ、もう片方の手が下半身をまさぐる。ぬるぬる滑る指の感触が、たまらなくじれったい。

「あんっ……や、あ…ぅ」
「気持ち良さそうだね、天使さん」
「んっ……」

 速水くんの指は、ただソコを往復してるだけ。挿れる気配もなく、一番敏感な場所にも触れてくれない。
 緩やかに襲う刺激は確かに気持ちいいけれど、強い快感に溺れる身体はもっと、もっとと先をせがんでしまう。物足りなくて、腰が勝手に動いてしまった。

「もっと、指欲しい?」

 そして、それを易々見逃す彼ではない。
 確信犯、だと思う。

「……うん」
「ん、素直が一番だよ」

 あやすように頭を撫でられ、つい気を許してしまうのは惚れた弱みかもしれない。
 もうこの際、恥は捨てた。
 こんな有様では抗ったところで無意味だし、彼が作り出した甘い雰囲気に完全に酔っている私に、完璧な拒絶なんてできるはずがない。


mae表紙tugi

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