暴かれる事実 - 佐倉side


「おっそいんですけど」

 店に着くなり、俺達は罵声を受けた。
 カウンター席に座っていたミキが、約束の時間よりも遅れてやってきた俺と井原を睨み付ける。手にしていたものをピーっと裂き、これ見よがしに口へと放り込んだ。

「なんでラーメン屋でさけるチーズ食ってんのこいつ……」
「文句あんの?」
「ありだらけだわ。ラーメン食えよ」
「太るから嫌」

 当然のように言いのける。ラーメン屋に来てラーメンを食べないとか本当に意味がわからない。
 まあ、ミキは待ち合わせ場所として俺の実家を選んだわけで、ラーメンが目的じゃないことはわかってる。だから反論はしないでおいた。

「遅くなって悪ぃ。コンビニ寄ってた」
「なに、何か買ってきてくれたの?」
「買ってねーよ。なんでお前にサプライズしなきゃいけないんだよ」
「はあ? つかえねー」

 使えるも何も、そんなもの頼まれてもいないし文句を言われる筋合いもない。
 なのに、この態度のデカさは何事だ。親しき仲にも礼儀あり、って言葉を知らんのか。女王様かよ。
 なんて悪態つきながら席につく。
 俺の隣に座った井原が、ミキの顔を覗き込んだ。

「三樹、今日は"向こう"休みなの?」
「んー、行ってきたよ。今日は昼だったから」
「昼?」

 その単語に、俺と井原が顔を見合わせた。



 ミキは本業と副業を掛け持ちしている。
 しかも夜職。キャバクラだ。
 それを知っているのは、昔馴染みの友人である俺と井原の2人だけ。他の人間は口が軽いから信用ならない、だから誰にも明かしていないらしい。

 榛原は当然、副業を禁止している。だから、バレたら非常にマズイ。その上夜職となれば、ミキの評判も落ちてしまう。絶対に隠し通さなければならない事情だ。
 ただ、ミキ曰く、

「社内でも、私以外に夜職してる女は絶対にいる」

 そう主張してるけど。
 同業者の匂いがする奴は、雰囲気や仕草でわかってしまうらしい。女の勘って怖い。

「キャバクラって、夜営業じゃなかったっけ?」
「昼に営業してるところも多いよ。うちの店も、土日だけ昼営業してんの。で、今日は昼番」
「へー……」

 キャバクラなんて行ったこともないし、行く気もないから知らなかった。
 ミキと飲みに出掛けることもあるけれど、キャバの出勤を控えているから、付き添うのは昼から夕方までが大半だ。思えば夜にこうして会うのは珍しい気がする。

「滅多に昼出勤しないんだけどね。客少ないから稼げないし。今日は昼に出勤できるキャストが少ないからどうしても、って店長に頼まれたの」
「で、稼ぎはどうだったわけ」
「まあそこそこ」

 やんわりと言葉を濁される。口では直接言わないけど、今日の稼ぎにはやっぱり不満があるのだろう。ミキは険しい表情を保ったままだ。

 お金の話になると、人は変わる。
 それは井原も感じ取ったようで、すぐさま違う話題に方向転換させた。

「長いことやってるよね? キャバ」
「そうね。18から始めたし、もう古株だわ」
「これ、言っていいのかわからないけど。いつかは辞めるの?」
「いつかは、ね。今はまだ続ける。女ってお金かかんのよ。どれだけ貯めても、すぐ財布から出ていくんだから」

 それは金銭管理を怠けてるからじゃね?
 そう言いそうになって踏み止まる。言った日には2度と、日の目を拝めない気がした。



 その後は俺がラーメンを注文して、親父が悪態をついて、3人で雑談を交わしつつ時間を過ごす。店内にいた客が一人ずつ減っていき、そして暖簾を潜ってくる客もほぼいない。親父の店は24時半までの営業だから、もうすぐ店じまいの時間だ。
 ミキは相変わらずつまらなそうな顔で、チーズを裂いては口に頬張っている。手元の携帯を眺め、「もうすぐ24時半か」と、ひとり呟いた。
 足元のゴミ箱に包装を捨てて、席を立つ。

「ん? ミキ帰んの?」
「店からは出るけど帰らない。これから人と待ち合わせしてるから」
「はっ? こんな深夜に?」
「うん」

 そこで俺は察した。

「お前……ついに自分の客と枕営g「Googleマップからてめーの住所消してやろうか」
「すみませんでした」

 違ったらしい。
 即座に謝れば、ミキは心外だとでも言いたげな顔でフンッと鼻を鳴らした。

「枕やってる女もいるけどね。あんなの、人気が出なくて稼げない女がやることだから。私は枕なんかやらなくても客取れるからいいの」
「今日、稼ぎ微妙だったって言ってたじゃん」
「それは客の少ない時間帯だったからよ。言っておくけど私、遅番人気キャスト2位だから。まあ実質1位だけど。めっちゃ稼いでますから」
「あ、そう」

 それって偉そうに自慢できることなのかね。
 井原も同じことを思ったらしく、「実質1位って何?」と遠回しに尋ねた。

「私、昼職があるからさ。キャバやってんのが会社にバレたらマズイから、雑誌とかネットで顔出しできないの。基本No.1の子は、看板嬢として顔出しするのがうちの店の決まりだから。ランキングいじってんのよ」

 実質1位なんて負け惜しみからの言い訳かと思いきや、そういう裏事情があるらしい。

「ランキング不正になるから、ほんとはやっちゃいけない事なんだけどね。まあ事情が事情だし、仕方ないから。あ、店頭の写真は顔出してるけど」
「え、それは大丈夫なの?」
「化粧と撮影で誤魔化せるから平気。1度もバレたことないし、バレたらバレたで会社辞めるし」
「「ええっ、辞めるの!?」」

 驚愕の声を上げたら、井原と見事にハモった。
 ミキがダルそうに俺達を見上げる。

「辞めるけど。だって昼職よりキャバの稼ぎの方が数倍でかいもん。どっちも天秤に掛けたところで、わかりきってるでしょ」
「いや、そうかもしれないけどさ……」

 何とも言い難い話だ。

 夜職には限界がある。若いから許される面も多く、年齢を重ねていく度に干されていく厳しい世界。いつまでも続けられるわけがない。
 そんな業界に染まっていくミキを見たくない、という偏見もあったし、いつか夜職を卒業したときに無職でした、なんて展開は、社会的な立場から見ても避けた方がいいんじゃないのかと、個人的には思ったりする。
 けどミキにはミキの考えがあって、俺達が偉そうに諭すのは違う気がする。
 とはいえ、理解はできても複雑だ。
 戸惑いの表情を浮かべている俺達とは逆に、ミキは堂々とした態度を崩さない。力強い意思を宿した瞳が、俺達を射抜く。

「夜職やってる女を馬鹿にする奴って多いけど。結局のところ、性別と身体を武器に稼いでいる女が自分より稼いでいる事実が妬ましいだけでしょ? 汚かろうが道徳から外れていようが、世の中なんて稼いだもん勝ちなんだって。若いうちに出来ることで稼いで、それでネチネチ文句言われても痛くも痒くもないわ。つってもキャバなんていつまでも続けられるわけないし、その先のことはちゃんと考えてるけど」

 ……こいつ、ラスボスかよ。
 メンタル強すぎんだろ。
 突っ込みが追い付かねえよ。

「うん……まあ、一理あるかもね」

 ミキの勢いに圧倒されたのか、井原がころっと寝返った。



『結局は稼いだもん勝ち』

 その考えに一抹の不安や寂しさはあれど、一番シンプルで、且つ、真理なのかもしれない。口には直接出さずとも「世の中は稼いだもの勝ち」だと本当は誰もが気づいてるから、稼いでいる奴等を妬む感情が生まれるのだから。あながち間違ってはいないのかもしれない。
 それでも複雑な気持ちは残るけど。

「あ、やばい。マジでもう行かなきゃ」

 ふと、店内の時計を見上げたミキが、慌てた様子でショルダーバッグを手に取った。
 親父に軽く頭を下げているミキに、井原が問う。

「ああ、待ち合わせだっけ。友達と?」
「違うけど」
「え、じゃあ誰、」
「速水くん」

 その名前を聞いて、動きが止まる。箸の合間から麺が滑り落ちて、ぱしゃんとスープの中に落ちた。
 汁が跳ねてカウンターを汚したけど、そんなこと気にもならない。それほどまでに、ミキが発した名前に衝撃を受けた。
 俺の隣で、井原までもが固まっている。

「……は? や、何の冗談……」
「はあ? なんで冗談言わないといけないわけ」
「え、いやだって、」

 言葉を詰まらせる俺に、井原が無言で目配せ。『さっき、コンビニで会ったよな?』、そう言ってるのがわかったから静かに頷いた。

 そうだ。少し前に速水とコンビニで会った。
 ついでに言うなら、「明日は休日出勤するから帰宅する」とも言っていた。
 けど、ミキはこれから速水と会う約束をしていると言う。

 ミキは自ら疑われるような嘘はつかない。
 じゃあ、速水が嘘を言ったことになる。
 動揺しているのは、俺も井原も同じだ。

「え、三樹。速水って、うちの部署の速水?」
「そうだけど」
「え、ごめん。なんで速水とこんな時間に?」

 こんな時間。
 こんな真夜中に、男女が待ち合わせをする理由なんてたかが知れている。
 井原の問いかけに、ミキは初めて表情を緩めた。妖艶に微笑む様は、まるで獲物を狙う女豹のようにも感じて。

「そこは、察してよ」

 意味深な言葉を残して、ミキは俺達に背を向けた。引き戸の閉まる音が、店内に虚しく響く。

「……え、え? まって、どういうこと佐倉」

 井原が困惑するのは仕方のないことだった。
 井原、知らないもんな。ミキが遊びとはいえ、実は速水を狙っていること。
 俺は知ってたから、「察しろ」と言ったあの発言の意味も自然と理解できたけど、それでも、にわかには信じられなかった。あの速水がミキと関係を持つとは考えられなくて。
 まさか、ミキが口説き落としたのだろうか。あの速水を。
 実質1位の実力を垣間見た気がした。

「……なあ佐倉」
「なに」
「速水さ、もしかしたら天使さんと、夕飯食べに行ってたかもしれないじゃん?」
「だな。確信はないけど」
「女の子と夕飯食べに行ったその帰りに、別の女の子と待ち合わせするって、今時アリなのか?」
「アリなんじゃね。確信はないけど」
「いや無いだろ。適当なこと言うなって」
「井原。俺らは何も知らない、何も聞いてない何も見なかったことにしよう。何も考えるな。無心でラーメンを食え。うちの店の売り上げに貢献しろ」
「おい」

 隣からダルそうな突っ込みが入る。
 けど、本音だ。
 この件にはもう、関わらない方がいい。

 関わったら最後───
 多分、ものすごく面倒くさいことになる。

 そう、直感で悟った。


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