牽制2 - 佐倉side


 笑顔で交わされてしまった。
 けれどその回答は、逆に「彼女います」って言ってるようなものだって、速水は気付いてないんだろうか。
 遠回しにそう追求してみたら、速水は緩く微笑むだけで何も言わなかった。否定も、肯定もしない。だからその表情と空気で確信した。「アタリだ」と。

 ミキ、残念だったな。速水彼女いるってよ。

 「速水くんに彼女がいようが関係ないし☆〜(ゝ。∂)」ってアイツ言ってたけど、速水は真面目な奴だし、浮気もワンナイトも絶対にしないタイプに見える。ミキのような割り切り女に、速水が簡単に引っ掛かるとは思えなかった。

 それにしても、速水の彼女か。
 どんな子だろうな。

「……っくしゅん!」

 店内に突然、可愛らしいくしゃみが響く。思考が途切れ、視線を向けた先には天使さんの姿があった。レジで会計を済ませたらしく、井原と共に、俺達のところへ戻ってこようとしている様子が窺える。くしゃみの犯人は天使さんのようで、ぐず、と小さく鼻を啜っていた。
 深夜のコンビニは人気も少なくて静かだ。くしゃみひとつで、周囲からの注目を浴びてしまうこともある。周りの客から刺さる視線に、天使さんは気恥ずかしそうに顔を俯いていた。それを井原に茶化されて、今度は小さく笑い出す。その笑顔は初めて見るものだった。
 いつも自信なさげで、控えめな態度が目立つ天使さんの素の笑顔に目が離せなかった。ちょっと、いや、うん。可愛いと思う。

「佐倉の好きなタイプってどんな子?」
「……へっ?」

 天使さんに視線を奪われていた俺に、速水の声が降りかかる。意表を突かれ、素っ頓狂な声が出てしまった。唐突すぎる質問に、強制的に意識が引き戻される。

「どんな、って?」
「彼女募集してるなら、紹介してあげようかと思って」
「ええ、マジで」

 ちょっと耳を疑った。
 深夜のコンビニで交わす内容じゃないし、速水ってこんな軽い奴なのか? っていう驚きもあって何も言えなくなる。
 ふと考えて、導きだした答えに気分が一気に落ちた。

「……まさか合コンとか言わないよな?」
「すごい拒否反応だね」
「や、ごめん合コンは俺、まじでムリ」

 頑なに拒否を示すのは理由がある。合コンには一度だけ、同期に誘われて参加したことがあった。当時は俺だって、まだ成人迎えたばかりの若者だ。ああいう華やかな社交の場というものに、少なからず憧れがあった。
 けど、理想と現実は全然違う。実際の合コンの場は、思い描いていた景色とはまるで欠け離れていた。女は男にがっついて、男は女をヨイショしてるだけの茶番劇にしか俺には見えなかった。気遣い合戦におだて合戦、なんだここは戦場かよ、と。早々に気持ちが醒めた。
 生理的に受け入れられない空気に堪えかねて、適当な理由をつけて帰ったのはさすがにマズかったよなー、と反省しているけれど。また行きたいかと訊かれたら、全力で断りたいほどのトラウマになっていた。
 そんな黒歴史を明かせば、速水は小さく吹き出す。

「ごめん笑った」
「笑うなよ! いやほんとに無理だから」
「わかったよ。というか、合コンに誘うつもりで言ったわけじゃないよ。佐倉のタイプの子が身近にいれば、紹介しようかなって純粋に思っただけ」

 ほんとかよ、と疑いの眼差しを向けてみる。
 俺を見返す速水の目に、嘘をついているような色は見えない。

「えー、強いて言うなら大和撫子」
「意外」
「意外とか言うな」
「大人しい人が好きってこと?」
「大人しいっていうか、見た目が派手とか、中身がキャピキャピしてる子とかいるじゃん。そういう子は全然ダメ。ついていけない」
「ああ、その気持ちはわかるかな」
「……でも」

 途中で言い淀めば、速水は「なに?」と先を促してきた。

「大人しそうに見えても、やっぱり芯の強い女の子だったら惚れるかも」
「……へえ」

 そこで速水は意味深に言葉を切った。
 妙な間を置いて、再び口を開く。

「天使さんみたいなタイプが好きなんだね」

 …………は?

「……あ、天使さん?」

 つい言葉を詰まらせる。なんでそこで天使さんに辿り着くのかわからなかった。
 確かに見た目は大人しそうに見えるけど、俺は一言も天使さんの名前は出していないし、彼女のことすら頭に思い浮かんではいなかった。いきなり彼女の名前を例えに出されても反応に困るし、どう返答をすればいいのかもわからない。
 そんな俺の戸惑いに気付いているだろうに、速水は悠然とした笑みを浮かべたまま、淡々と言葉を紡いでいく。

「あ、でも天使さんは、ただの大人しい子ってわけじゃないよ。あれで結構、天の邪鬼なところもあるから。素直じゃないんだよね」
「……え、え? あ、そう?」

 え。なんだ急に。
 「俺は彼女のこと何でも知ってます」みたいな、この口振りは何事だ。
 勝手に話を進めていく速水に困惑する。

「え、いや速水? 俺は別に、天使さんのことを言ってたわけじゃないから」
「そう? 佐倉、天使さんのこと狙ってるのかと思ったけど」
「はい!?」

 変な会話の流れに焦りを感じ、軌道修正を試みてみるも無駄だった。速水は全く動じないどころか、とんでもない一言を言い放った。
 俺が天使さんを狙うわけがないのに、今の会話の流れでどう解釈したら、そんな結論に結び付くのかわからない。動揺を隠しきれなくて狼狽える俺に、速水は更に話を続ける。

「結構多いんだ。天使さんを狙ってる男」
「……は?」

 今度こそ耳を疑った。



 いや。
 その言い分は、ちょっとおかしくないか。

 こんなこと言いたくないけど、天使さん、部署で嫌われてるんだろ。女だけじゃなく男からも散々無視されていると聞いた。それは、同じ部署の速水だって知っている筈なのに。
 特殊な組織体制で成り立っている調査課は、他の課の人間と関わりを持ちにくい。速水の言う『天使さんを狙っている男』が、他の課の人間を指しているとは考えにくい。可能性はゼロではないけれど。

 確かに天使さんは普通に可愛いし、モテそうな外見だと思う。ぱっちりな二重に、やや大きめな瞳は引き込まれるように澄んでいて綺麗だし、無駄な動きがないから立ち振舞いに品がある。外見だけで見ればミキも美人系だと思うけど、天使さんも、ミキとはタイプの違う美人系だ。
 セミロングの髪もとぅるんとぅるんに輝いていて、もうすぐシャンプーのCMに抜擢されるんじゃね? ってくらい、毛先まで手入れが行き届いていて綺麗。しかもいい匂いする。
 中身もしっかり者のように見えて、どこか気が抜けている一面もあったりして、1人にしておくと危なっかしい雰囲気を持っている。男はああいう雰囲気に弱いから、「俺が守ってやらないと」って無意識に思ってしまうんだよな。
 ただ俺の場合は、まだそんな風に思えるほど、彼女と親しい仲じゃない。

「へ、へえ。天使さんってモテるんだ。知らなかった」
「うん。可愛いしね」
「あ、まあ、可愛いとは思うけど。狙ってる奴って誰……あ、まさか井原か!?」

 なんて、そんな訳がない。井原には既に、長年付き合っている彼女がいる。けれど、どんなネタでもいいからこの微妙な空気を何とかしたかった。このままだと会話のバランスも保てなくなる。
 だから必死に取り繕ろうとする俺に、速水は至極真っ直ぐな視線を向けてきて、

 そして、

 爆弾発言を投下した。





「俺だよ」


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