牽制1 - 佐倉side


「……は、え?」

 目の前に現れた意外な人物に、俺と井原は言葉を詰まらせた。




 週末の土曜日。井原と居酒屋に寄った帰りにLINEのメッセージが届いた。
 相手はミキからで、俺の親父が経営しているラーメン屋にいるからお前も来い、という一言。なんで命令形なんだと不満に思いながらも、3人で落ち合おうって話になった。

 その途中で立ち寄ったコンビニ。
 そこにいたのは紛れもなく、井原やミキと同じ部署で働く天使さんの姿があって。
 そして数分後に店内へと入ってきたのは、速水蓮だった。

 意外な人物の登場に目を丸くしてしまう。
 俺達と天使さん、そして速水。同じ会社で働く者同士が、真夜中のコンビニで偶然鉢合わせる確率なんて奇跡に近い割合なんじゃないだろうか。

 ……いや、これはただの偶然か?
 不可解な巡り合わせに思考が追い付かない。

「あれ、速水じゃん」

 井原がこの展開をどう思ったのかはわからないけれど、驚きつつも普通に声を掛けていた。
 そんな井原に対する速水の態度も、やっぱり普通で。

「うん。井原に佐倉くん、こんばんは」
「こ、こんばんは?」

 速水が俺にも挨拶してきたから、同じように返したけど───天使さんの表情が気になった。
 井原と速水は普通に会話していて、その様子に不自然さはなく和んでいるように見える。けど、傍らにいる天使さんは顔が強張っていて、動きもぎこちなく挙動不審。何かに怯えているように見えなくもない。だから、どうしても彼女の方に意識が向いてしまった。

 え、マジでどうした?

「なんで速水がここにいんの? 家、こっち側だっけ?」

 井原は天使さんの異変に気づいていないようで、速水にそう尋ねている。
 その問い掛けが地雷だってことに、俺達が気付くはずもなく。

「いや、友達と夕飯の帰り。今、たまたまこのコンビニに寄っただけ。天使さんの背中が見えたから、声掛けたんだ」

 速水はごく自然に、そう答えた。
 態度も普通。
 天使さんと違って、動揺している様子もない。
 なのに俺は、速水の言い分に違和感を覚えた。

 『今、たまたまここに寄っただけ』だと告げたその言い回しが、くどいように感じる。『たまたま』を強調しているようにも聞こえた。

 ……いや、やっぱり気のせいかもしれない。

 今日は会社も休みだし、そして今は深夜の時間帯。天使さんと速水がこのコンビニに現れたのが偶然じゃないとしたら、それはそれで怪しさ爆発じゃん。まるで2人でデートしてた、みたいじゃん。

「………」

 ……なんだろうな。
 俺だけかな。
 速水が、"きな臭く"感じるのは。

 もし先日、エレベーターで天使さんと会わなければ───"あの話"を聞かなければ、今の速水に違和感を覚えることもなかったかもしれない。

「井原達は3人一緒だったの? 珍しい組み合わせだね」
「え? や、俺らも偶然、」

 天使さんと居合わせただけだ、と。
 そう答えようとして、隣に目を向けたけど。

「……井原?」

 井原はなぜか顔をしかめていた。眉を寄せて、不思議そうに速水をじっと見上げている。
 普通に会話をしていたはずの相手に何を感じ取ったのか、その表情の意図は読めない。

「あ、ごめん」

 俺の視線に気づいた井原が、一瞬で険しい表情を消し去った。コーヒー缶を手にレジへと向かう背中を見届けていた時。

「……あ、井原くん待って。私も行く」

 視線をふよふよ彷徨わせていた天使さんが、そこでやっと我に返った。まるでこの場から逃げるように、井原の後を追いかけていく。後に残されたのは俺達2人だけ。

「佐倉くんは、井原と飲みに行ってたの?」

 微妙な空気が漂う中、速水がそう尋ねてきた。慌てて笑顔を取り繕う。

「そ。これから2次会のラーメン屋っす。てか、呼び捨てでいいよ」
「ありがと。いいね、ラーメン」
「速水にラーメンって、なんか似合わないな」
「そう? 普通にラーメン好きだし、よく食べるよ」

 当たり障りのない話題をきっかけに、速水との会話が広がっていく。その流れに心地よさすら感じてしまうのは、速水の口調がゆったりめで優しげだから。話しやすい雰囲気を生み出して、聞き手の心を掴む話術にも長けている。初めて会話した時も思ったが、その場の空気を作るのが上手い奴だと思った。
 会話の運び方が上手く、人を和ませる会話が自然体で出来てしまうのだから敵わない。老若男女問わず愛されるよな、こういうタイプは。

「あ、今から俺らと一緒に行く?」

 ラーメンからの下りでつい誘ってしまったけど、速水は申し訳なさそうに眉を下げた。

「行きたいのは山々なんだけど。明日出勤したいから、そろそろ帰らないと」
「え? 休日出勤すんの?」
「うん、やり残した書類整理あるから。片付けに行く」
「え、まじか。せっかくの休みなのに頑張るなー」

 そう答えながら、速水の言葉を脳内で反復する。

 "明日出勤したいから"
 その言い分から感じ取る、速水の一面。
 真面目なやつなんだろうな。そう思う。

 榛原は週休二日制だけど、やむを得ず休日出勤しなければならないこともある。取引先との接待だったり顧客との打ち合わせだったり、その時によって状況は様々だけど、基本は相手の都合上で仕方なくの場合が多い。でも速水の場合は、完全に自主的だ。
 急用以外で休日に会社に行くとか、俺ならまず考えられない。1日中ベッドで寝てる。布団と一体化してるわ。
 仕事意識が高くなければ、休日にわざわざ会社に出向いて仕事しようなんて思わない。

「あんまり無理すんなよ?」
「ありがとう。佐倉って優しいね」
「そうなの。俺優しいの。でも誰も気づいてくれない」
「いや(笑)。女子にモテるタイプだと思うけど」
「いやいや」

 それお前が言っても嫌みにしか聞こえないから。
 なんて口に出せる訳もなく、へらっと笑いながら話を続けることにした。

「もし俺がモテてたら、今ごろ清楚系の彼女がいるはずだから」
「いないの?」
「いないの。速水は?」

 あくまでも自然を装って、恋人の有無を確認してみるけれど。

「……さあ。ご想像にお任せするよ」


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