甘い時間*


 狭い車内に熱気が籠る。ふたつの吐息が混じりあい、重なる唇から漏れるのは艶かしいリップ音。助手席の背もたれを倒され、流れるように私の身体も後方に傾く。トン、と背中に硬い感触が伝わった。

 シートベルトを外した速水くんが、ゆっくりとのし掛かってくる。じゃれあうように2人で寝転んで、目が合えば互いにふふ、と笑い合う。引き寄せられるように顔を近づけて、ちゅっと唇がくっついた。

「……大丈夫、かな。人来ないよね?」

 口づけながら不安事を漏らす速水くんに苦笑する。寄り道しようなんて言いながら、こんな所まで車を走らせてきたのは速水くんの方なのに。そう反論したくても、塞ぐ唇が私を喋らせてくれない。

 数分前、帰りたくないと呟いた速水くんが運転する車は、私が住んでいるマンションを通り過ぎて小さな公園に辿り着いた。
 昼間であれば子供や家族連れで賑わうこの場所も、こんな夜更けであればその姿は見当たらない。街灯すら乏しいこの通りを歩く人の姿もない。そんなところに車を止めて、私達は隠れるように何度もキスを交わしてる。

「ん……っ」

 口内で舌が絡まる度に、ふわりと香るミントの味。キスしても私が嫌がらないように、フリスクでも口にしてたのかな、なんて頭の片隅で考える。焼き肉をご馳走してもらった帰りにこんな展開になるなんて予想していた訳じゃないけれど、お店を出る前に歯磨きしておいてよかった、なんて安堵してしまう自分がいた。

 軽く啄むだけのキスは徐々に深みを増していく。唇を割って侵入した舌を拒むこともできず、彼の舌に自らの舌を絡ませた。生々しく湿った感触を擦り合わせる度に、くちゅ、と水音を響かせる。全身に広がる甘い熱が、昂る欲を加速させていく。
 速水くんに触れたい欲が内側から込み上げる。帰りたくなくて、離れたくなくて、夢中になってキスに応えた。
 速水くんも止まる気配がなくて、それを嬉しく思う自分がいる。ゆっくりとした口づけは次第に性急なものに変わり、キスの合間に零れる息づかいも荒々しくなっていく。

「は、んっ……、も、速水くん……ッ」
「……ん、なに?」
「誰か来ちゃったら、どうするの……」

 なんて、こんな時間に外を出歩く人がいないのは、3年以上ここに住み着いている私が一番よく知っている。でもお巡りさんがパトロールしている可能性だってあるし、絶対に人が来ない保証なんてない。もし誰かに見られていたら───そう思うと不安と期待でドキドキする。極度の緊張感が余計に興奮を煽っていく。

 誰にも見られたくないし、バレちゃいけない。
 ずっとキスしていたい。
 この甘い雰囲気を壊したくない。
 だからお願い、誰も来ないで。
 誰も邪魔しないで。
 その願いが原動力となって、行為をエスカレートさせていく。

「あ……っ、んぅ……ッ」

 飽きることなく繰り返されるキスの嵐。呼吸ごと奪われるような口づけに、頭の芯から蕩かされるような快感を覚える。心細さで寂しかった心が彼への愛情で満たされていく。

「ん……っ、速水、くん」
「……どうしよ。止まんないかも」
「あっ」

 思わず声を上げてしまったのは、彼の手がスカートをたくしあげたから。驚く私の様子をよそに、熱い手のひらが焦らすように、内股をゆっくり這う。その指先が、太もも丈しかないストッキング上の素肌に触れた。際どい場所を指の腹で撫でられて、ぞくりとした甘い感覚にふるりと身を震わせる。

「やっ、だめ速水くん、これ以上は……ッ」

 速水くんの手を拒むように両足をぎゅうと閉じる。本音を言えばこのまま流されてしまいたい気持ちが強いけど、さすがに車の中で行為に及ぶことはできない。それに避妊具だって持っていない。なのに速水くんの手が止まることはなくて、遂には下着のクロッチ部分に、彼の手が伸びた。
 布越しに割れ目をつぅ……と撫でられただけで、弱々しい快楽が全身を包み込む。

「ひゃぅ……っ」
「……かわいい……」
「速水くん……だめっ」
「だめ?」
「ぬ、ぬれちゃう」
「……濡らしてあげるよ」

 とんでもないことを言い出したから、必死に首を横に振る。速水くんの欲情を孕んだ瞳と吐息混じりに囁く声が、私の頑なな意思を崩していく。
 でも車の中でこんな事、やっぱり非常識だと必死に理性にしがみついた。それに速水くんも、早く帰って明日の出勤に備えなきゃいけないのに。

「わたし、来週まで我慢するから……今日は……っ」

 涙ながらに哀願する。
 速水くんの動きがピタリと止まった。

「……うん、俺も我慢する」
「……?」
「だから、もう少しだけ……ね?」

 スル……と下着の隙間から滑り込む指。

「あ……ッ、ふぁ……ぁんっ……」

 微かに湿り気を帯び始めた秘裂を、上下に擦られて喘ぎ啼く。お腹の奥がきゅうっと疼いて、もどかしい刺激に泣きたくなった。強い快楽に繋がらなくとも、その弱々しい愛撫は確実に私の体温を上げていく。
 もっと、強い刺激が欲しい。
 こんなんじゃ物足りない。
 いつもみたいに、彼の指で奥を苛められたい。こんな所でダメだって頭ではわかっていても、本能が彼を追い求めてる。速水くんが欲しくて、欲しくてたまらなくて、保っていた理性が少しずつ剥がれていくのがわかる。

「あ、ん……っ、やぁ……」

 とろとろと蜜が溢れ出す。指先で割開いた粘膜を掬われ、茂みに隠れた蕾に塗り付けられて腰が跳ねた。

「あ……ッ!」
「……あーあ、濡れちゃったね、ココ。ねえ、本当に来週まで我慢できるの?」
「や、がまん、するの……ッ、あ、だめ……ッ」

 既にどろどろに濡れてしまった私の秘所は、速水くんの指を簡単に飲み込んでいく。あっという間に付け根まで埋められて、彼は自らの指を折り曲げた。

 ───ぬちゃ、くちゅ……、
 ゆっくりと上下に動く。暗く狭い車内で、粘りついた水音が響いた。

「あ……っ、あ、きもちい……ッ」
「……すごく余裕のない顔してる……可愛すぎ……」
「ぁあ……ッ!」

 ナカを掻き回す指が更に増えて、あまりの気持ちよさに身体の震えを止められない。淫らな音が聴覚を刺激して、私達の興奮を高めていく。もう絶頂がすぐ近くまで迫っていることを本能的に悟った。

「あ、あんっ、あッ」
「……天使さん、顔上げて? キスしたい」
「や、だめ、キスは……っ、」

 だめ。キスはだめ。
 今キスされたら、すぐにイッちゃう。それが寂しくて、終わってしまったら帰らなきゃいけない現実が嫌で、必死に彼のキスを拒む。
 それでも速水くんの勢いは止まらなくて、執拗に責め立てるナカの動きに、私の身体は逆らう術もなく絶頂の階段を駆け上がっていく。

 あ……、
 もう、だめ。イきそう……っ!

「……っ!?」

 瞬間、キィー……ンと響いた例の耳鳴り。

(なっ、んで……ッ)

 よりによって、今。
 突然襲った不快音に、達しかけた欲の波が引く。手が届きそうで届かなかった快楽に、涙がじわりと滲んだけれど。

「……天使さん」
「え……、んんっ……!」

 顎を持ち上げられて唇が重なる。濃厚な口づけと膣奥を抉る指に、全ての意識を引き戻されて───やがて訪れた大きな波に、私の意思は飲み込まれた。

mae表紙tugi

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