嘘1 「みてみてみて! 1等当てた!!!」 取引先から戻ってきて、2時間ほど経った頃。ありさからLINEで召集が掛かり、出向いた先はまたもや第3会議室。私と、私の数分後に遅れてやって来た速水くんの前で、ありさは意気揚々と、紙切れを2枚差し出した。 それはよく見るとペアチケットで、『東京ディズニーランドペアご招待』の文字が見える。地元商店街の抽選会で当てたらしい。 「すごくない? これすごくない!? 1等だよ! ペアチケットだよ!! ネズミーランドだよ!!!」 「うん、すごい……けど。谷口さん、それを自慢する為だけに俺達を呼んだの?」 呆れ顔で速水くんが言う。 隣で私もこく、と頷く。 私達の素っ気ない反応が気に入らなかったのか、ありさは急に目くじらを立てて騒ぎ出した。 「だけってなに! なにその薄っぺらい反応!! 『22歳にもなってネズミーランドで浮かれるとか笑止』とか思ってんのか! 浮かれるさ! だって夢の国だもん!!」 「谷口さん、落ち着いて」 怒りに任せて捲し立てるありさを、速水くんが鎮めようとする。でもありさは聞く耳をもたない。握りしめていたペアチケットを、私と速水くんの胸に無理やり押し付けてきた。 「いいもん! 別にこんなのほしくなかったし! 君ら2人にあげようと思って呼び出しただけだし! 狙ってたのは特別賞(現金つかみ取り)だったしッ!!」 「え」 ありさの発言に、驚きの声を上げる。速水くんも目を見開いて、ありさを凝視していた。 当の本人はフンッと鼻を鳴らして、そっぽを向いている。すっかりご機嫌斜めな様子に、私は恐る恐る問い掛けた。 「これ、ありさが当てた賞でしょ? ペアチケって、家族とか友達でもいいんだよ? ありさ、行ってきなよ」 「いいの! ほんとに行く気はなかったし! 2人で行ってきて!」 「や、でも」 賞を当てたのはありさで、行く権利があるのもありさだ。私達が無償で貰うことなんて出来ない。そう思って突き返そうとしても、本人は頑なに拒否を示す。 堂々巡りなやり取りに飽きたのか、ありさが困ったように眉尻を下げた。ふう、と小さく息を吐き、私達を交互に見やる。 「……2人に譲ろうと思ってたのはホント。速水くん、そろそろひよりを旅行に連れていきたいって言ってたじゃん」 「え」 「ちょ、谷口さんっ、」 速水くんが、慌ててありさの口を手で塞ぐ。息が出来なくて苦しむありさに、『なんで先に言っちゃうんだよ』と愚痴る声が聞こえた。 小声で揉め合う2人の様子を、傍らから眺め続ける。喧嘩するほど仲がいいって、この2人の為にあるような言葉ね。 「……ほんとに貰っていいの?」 速水くんがそう尋ねれば、ありさはこく、と頷く。その表情は溌剌《はつらつ》としていて、チケットを手放して惜しんでいるような、そんな様子は見受けられない。 ありさからの思わぬサプライズに、私はただ驚くしかなかった。 速水くんと旅行なんて、思えばすごく久しぶりだ。半年前から私達の担当分野が広がり、仕事の量が増えた分、休日出勤することも多かったから。週末に出掛けるにしても、遠出なんて出来なかった。この機会を逃したら、計画が頓挫するのは目に見えている。 本当に、ありさには感謝でしかない。 「……ありさ、ありがとう。いつもごめんね」 「いーのいーの! 黒毛和牛をウリにしている超高級焼肉店に行けるためなら!!!!!!」 「……それが狙いだったのね」 「てへ☆」 全くもう。 ・・・ 会議室からオフィスに戻れば、社員の姿はほぼ無かった。時間は既に定時を過ぎていて、私達も急いで帰り支度を整える。速水くんとは普段、帰りは別々だけど、今日はマンションまで送ってくれることになった。 駐車場に停めてある彼の車に乗り込み、ドアを閉める。 「ディズニーランドなんて俺、学生以来かも」 「私も。小学校の修学旅行で行ったきり」 「……俺、アトラクション苦手なんだ」 「え」 そうだ、速水くんは高いところが苦手だった。 「あ、私も苦手……だよ」 だからつい、彼に合わせてしまった。 遊園地は1度だけ、行ったことがある。確か小学校の見学旅行で。家族では行ったことがない。 あの頃の私はまだ、こんなにひねくれた性格ではなかった。家族旅行なんて無縁の環境で育ったから、遊園地という場所に胸を踊らせていた記憶がある。クラスの女の子達と走り回って、無邪気に遊んでいたっけ。懐かしい。 だから、本当は絶叫系もホラー系も余裕。 でももう22だし、遊園地ではしゃぐようなキャラでもない。子供っぽい一面を見せることに恥じらいもあるし、彼に無理してほしくない気持ちもあった。 「あれ、天使さんも苦手?」 「うん」 「そっか。じゃあ早めに切り上げて、その後温泉でも行く?」 「うん。温泉行きたい」 「泊まれるところ探しておくね」 「でも、本当にいいのかな」 速水くんと旅行に行けるのは嬉しい。 ただ、ありさのことが気になる。 チケット要らないから、なんて言ってたけど、本当は私達に気を遣って我慢してるんじゃないかと思うと、居たたまれない気持ちになる。 「谷口さん、昔から乗り物酔いが酷いんだ。行っても、辛いだけなんじゃないかな」 そう言って、速水くんは肩をすくめた。 「ディズニーランドなら、買い物だけでも楽しいのに」 「まあ、タダでチケットくれたわけじゃないしね」 「……高級焼肉店って言ってました」 「見返りが高すぎる」 速水くんが小さく笑う。その表情がとても優しくて、見てる私の気持ちも穏やかになる。 ありさには、お礼にお土産をたくさん買ってあげなきゃ。お菓子がいいのかな、リクエストがあったら聞いてみよう。そう考えを巡らせていた私の隣で、「あ、」と速水くんが声を上げた。 「すっかり忘れてた。俺、天使さん宛てに伝言頼まれてたんだ」 「え、伝言? 誰から?」 伝言を頼まれるような事案なんてあったかな。 全く身に覚えがなくて、首を傾げる。 私の方に視線を向けた彼は、普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。 「営業部の佐倉って人。わかる?」 「佐倉……? えと、誰だろ……?」 「あれ、わからない? 前に、ぶつかってスマホ落としたとか言ってたけど」 「……あっ」 その一言で、鮮明に記憶が蘇る。 帰り際、社内の廊下で人とぶつかってスマホを落とした。 床に滑り落ちたスマホを、ハンカチで包みながら手渡してくれた。 その温かい気遣いと朗らかな笑顔に、心がほっこりしたのを覚えてる。 スマホが壊れていないか、しきりに気にしてた。弁償する、そう言って名刺を渡してくれた人がいた。 そうだ、たしか。 「営業部の、佐倉いずみくん」 「思い出したんだね」 「来てたの?」 「うん、14時頃。部署まで足を運んでくれたみたい。ごめん、忘れてて伝えるのが遅くなった」 「14時……」 その時間帯なら、私は部署にいない。戻ってきたのは15時を回った頃だったはず。何か急用でもあったんだろうか。 仕事の用件の場合、速水くんならメモを残して机に置いてくれるはずだけど、取引先から戻ってきた際に、それらしきメモ書きはなかった。 口頭で済ませられるものなら、さほど急用でもないのかも、そう判断した。 「伝言って?」 だから、気軽な気持ちで尋ねた。 何ら違和感を抱くこともなく。 何気なく聞き返した言葉に、速水くんは相変わらず柔和な笑みを浮かべたまま、 一言だけ、告げた。 「───"名刺、捨ててください"って」 トップページ |