猫耳メイドさんのお話。2



・・・



「……千春くん、着替えたよ」

 寝室の扉をゆっくり開けて、恐る恐る呼び掛ける。彼と目が合った瞬間にどきっとして、私は扉の後ろで直立不動の姿勢をとる。

 僅か数センチの扉の隙間から、顔だけを覗かせている状態の私。3分の1以上も、その身を彼に晒していない。
 部屋から出てくる気配のない私の様子を見かねてか、千春くんが爽やかな笑顔で手招きする。

「ほら、おいで? 大好物のニボシあげる」
「ネコじゃないもん……」
「でもネコ耳見えてるよ?」
「う」

 千春くんの指摘に、獣耳がぴくんと動く。
 メイド服の付属品としてセットになっていたカチューシャには、黒猫をイメージして作られたネコ耳が2つ、ピョコンッと存在を主張していた。
 まるで本物なんじゃないかと思うほど再現度が高く、ふわふわした毛並みは触り心地も抜群だ。本当に神経が通っているかのように、ふるふる震えて愛らしい。

 勿論、リアリティがあるのはネコ耳部分だけじゃなくて。

「あはっ、かわいいかわいい」
「は、はずかしすぎる……」

 たどたどしい足取りで彼に近づく。その度にピョコピョコ動く、後ろのしっぽが羞恥を煽る。
 今の私の格好は、黒のワンピースに真っ白いフリルのエプロンを身に付けたメイド服だ。カフスには小さなリボンが乗っていて、首元を彩るアイテムにも、フリルなリボンとブローチが飾られている。
 定番のコスプレ服そのものといった感じだけど、スカートの丈は異常に短いし、姿形は黒ネコ耳にふわふわしっぽ。愛らしいデザインに胸が踊ることはなく、むしろ羞恥心の方が凄まじかった。
 今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られるけれど、そんな隙を、この人が与えてくれるはずがなく。

「はい、莉緒ちゃん顔あげて?」
「へ、」

 オドオドしながら顔を上げた直後、カシャン、と聞き覚えのある機械音が響いた。
 唖然とする私の目の前には、スマホを構えた千春くんの姿。それがどういう状況なのかを悟った瞬間、羞恥は最高潮に達した。

 慌てて千春くんの両腕にしがみつく。
 スマホ奪取に奮闘するも、あっさり避けられてしまい無駄に終わる。

「や、やだやだやだ消して消して」
「えー、こんなに可愛いのに?」
「無理無理、恥ずかしすぎるの」
「莉子さんにね、ボストンバッグに入っていたコスプレ服の使用用途の許可を貰おうとしたら、『先に写真を撮ってよこせ、話はそれからだ』って言われたんだよね」

 お母さんんんんんん!!!(涙目)

「ほんとに恥ずかしいの、むりなの」
「大丈夫大丈夫、ほらこんなに可愛いブハッ、」
「笑った!!!!!」

 やっぱり内心面白がってるんだ! と気づいた私は、再びスマホを彼から奪う暴挙に出る。
 けれど私の攻防を難なく器用に交わしつつ、千春くんは片手で私を抱き寄せた。

 不意に近づいた距離に、一瞬身体が強張る。
 その隙をついて、千春くんの両腕がよいしょ、と私の身体を抱き上げた。
 彼の膝の上に乗せられて、いつもの定位置へ。
 結局こうなる。

「はい俺の勝ち」
「負けたの……」

 どう足掻いても勝てない相手に、私の耳も敗北を認めたようにペタンとしなだれる。
 背後でコツ、と響いた音の正体は、スマホをテーブルに置いた音だろう。

「へえ、こんな感じなんだ」

 千春くんの手が、くすぐるようにしっぽを撫でた。
 その手つきが妙にいやらしく見えて、なんとなく気恥ずかしくなる。

「……あっ、や、しっぽさわんないで」
「なんで?」

 わかってるだろうに、わざと訊いてくるあたり本当に意地悪な人だ。睨み付けてやりたいのに、しっぽを撫でる彼の手つきから私は視線を逸らせない。

 千春くんの強張った手が、しっぽの先端を緩く掴む。しなやかな指先がゆっくりと、先っぽを擦る。
 その一連の動作に目を奪われた私は、感じるはずなんてないのに、ぴくっと反応してしまった。

 身体の奥が疼き、急速に体温が上がる。
 これから始まるナニかの予感を感じさせて、意識せずにはいられない。

「……悪いメイドさんだね。こんなに短いスカートで、こんな風に男の膝に乗って挑発するなんて」
「挑発なんてしてな、あ……っ!」

 する、とスカートの中に忍び込んだ手が、私のお尻を緩く掴む。やわやわと揉んだり、指の腹でツー……といやらしく、肌の上を滑らせる。
 その度にゾクゾクした感覚に襲われて、ふるりと身体が震えた。

 ミニワンピのメイド服は膝上15センチほどしかなくて、この短いスカート丈で座ると、太股が大胆に露出してしまう。ちょっとでもスカートがずれたら、たぶんパンツすら拝めてしまう。
 できるだけ動かないように体勢を維持するしかないのに、千春くんが何かしらアクションを起こす度に身体が反応して、スカートがずり上がってしまう。
 それすらも多分、千春くんは計算済みなんだ。

「ち、はるくんっ、待って……ッ」
「ん?」
「ぱ、パンツ見えちゃう」
「あー、うん。スカート短いからねー」
「だからっ、んっ、変なとこ触るの、だめ……っ」

 お尻を撫でられるのも、しっぽを撫でられるのも、変な気分に苛まれて居たたまれない。
 もどかしいほどの微弱な快楽に腰が揺れてしまうのを止められなくて、私のスカートはどんどん上へとずれてしまう。裾を引っ張ってもすぐにずれちゃうから、何の意味もない。
 必死な抵抗も虚しく、捲り上がったスカートから見える白い布地に、彼の手が伸びる。

「あっ」

 ショーツのクロッチ部分を、千春くんの指がプニ、と押した。
 ゆっくり撫でたり、敏感な蕾を布越しに擦られて、甘い刺激がじんわりと広がっていく。

 緩やかに襲う快感から、逃げるように腰が浮く。
 それでも千春くんの手が離れる気配はない。
 そればかりか、濡れ始めてきたお陰で出来た小さな染みを、ショーツの上からプニプニ押してくる。

「莉緒のココ、もう濡れてる。わかる?」
「ん、わ、わかんないっ」
「わかんないの?」
「……っ、ん」
「相変わらず嘘が下手だね」

 あっさり見破られて、彼の手が私の手首を掴む。胸の前で組まれて、しゅるりとネクタイが巻き付いた。
 手早く緊縛されていく様を、呆然と見つめる。
 ぐるぐると手首に巻き付けられたら、それは自由を奪われたも同然。
 さっと青ざめた私に、千春くんは悪い大人の顔でにっこり笑う。

「……千春くん」
「莉緒ちゃん、俺ね」
「これとって」
「拘束プレイに、毛ほどの興味もなかったんだけど」
「ちはるくん!」
「でもね、ちょっと違ったみたい」
「とりなさいっ!」
「莉緒ちゃん縛ると興奮する」
「とんでもないこと言った!!」

 爆弾発言を投下され、目を白黒させている私に構うことなく、千春くんは私を担いでソファーから立ち上がった。
 細身なのに結構力持ちな千春くんは、私を肩に担ぐことなんて造作もないことらしい。けれど私にとっては不安定すぎる抱き方に違いなくて、ふぎゃ、と情けない悲鳴が上がった。

「ち、千春くんっ」
「大人の時間だって言ったでしょ」

 覚悟決めなさい、なんて軽い口調で脅されて、連れ去られた先は案の定、寝室。
 ぽーんとベッドに放たれて、ぽすっと毛布の上にダイブした。

 両手を拘束されている状態で押し倒されるのは、なんだか、すごくイケナイ事をしている気分になる。
 思えば千春くんから手首を縛られたのは、これで2回目だ。

 1回目の時は、実家の時。
 あの時はまだ、羞恥と恐怖の方が勝っていた。
 でも、今日は違う。
 妙な高揚感でドキドキして、何をされるのかわからない現状に、期待感すら高まっている。

 こんな状況に興奮している自分がはしたないと思っていた、あの時の感情は既に、私の中にはなかった。
 この1ヶ月で随分と、この人に身体を許してしまったなあ、なんて思ったり。

 パタン、とリビングから遮断する音が響く。
 これから始まる大人の時間への、始まりの合図のようにも聞こえた。

mae表紙tugi

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