猫耳メイドさんのお話。1 5月2日。 仕事終わりに、千春くんと一緒のマンションへ帰る日々も、今日でおしまい。 明日からは私達も、GW休暇に突入します。 「千春くん千春くんっ」 夕飯を終えて、お互いお風呂も終えた後。 ソファーでくつろぎ中の千春くんに、ぴょんぴょん跳ねながら近づいた。 私の奇怪な動きに、千春くんは眉をひそめる。 真っ白なポロシャツにジーンズ姿の彼にも、この数日でだいぶ見慣れてしまった。 ぴょん、と彼の前で立ち止まり、私はにっこりと含み笑い。 「なに? 随分と上機嫌だね」 「あのね、見てほしいものがあるの」 「んー、なに?」 「じゃーん!」 後ろ背に隠していたものをお披露目すれば、意表を突かれた彼の瞳がぱちりと瞬いた。 そして、納得したように表情を綻ばせる。 「それ、莉緒の運転免許証?」 「はい!」 「そういや自学通ってたよね、年明けてから」 そうなのです。 香坂莉緒、ついに普通免許の資格を取りました! 「家庭学習期間は、ずーっと自学とバイトの毎日でした」 「就職先が決まれば、学校側から許可下りるからね。莉緒も2月の時点で、市役所の採用が決まってたんだっけ?」 「そうなのです。頑張りましたっ」 褒めて褒めて! とせがんでみれば、千春くんは目尻を下げてふんわりと笑う。 「うんうん偉い。おめでとう」 「えへへ」 素直に褒められて私はもうニコニコ。運転免許証を持つことに一種の憧れみたいなものがあったから、合格できたことは本当に嬉しい。免許証が発行されて、手元に届いた時の感動は言葉では言い表せない程だった。 なんせ、2月は本当に多忙だったんだ。 教習所で学科教習を2時限、技能教習を1時限。1日3時間の講習を受けつつ、帰ってからはバイト漬けの日々。 ちなみにバイトは3月まで、とあらかじめ決めていたから、少しでも稼ぎたいが為に、長めの勤務時間にしてもらっていた。 帰宅時間も遅くなるし、なかなかのハードスケジュールを送っていたのです。 教習所や自動車学校は、2月前半がピーク。 かなりの人で混み合っている。 人数が多ければ多いだけ、人数調整の関係上、講習を毎日受けることは難しくなってくる。 空きがなければ授業も受けられないし、休校日だって当然ある。早めに免許取得したかったけど予定通りにいかなくて、結局入社日までには間に合わなかった。 でも、やっと徒歩出勤にサヨナラできる時が来ました。GW明けから、念願の車出勤です! 運転免許証を持っている。それだけで「社会人!」って自覚を得ることができる。大人の一歩を踏み出した感じがする。 それに車があれば、千春くんにすぐ会いに行けるんだ。 それが嬉しいのもあるし、今度から彼ばかりに負担を掛けずに済む、その事が何より、私の中で一番重要だった。 「じゃあ、練習しないとね。運転の」 そんな一言で私は我に返る。 免許証を持てたからといって、運転できる車がなければ意味がない。「就職祝いに新車買ってあげる」ってお父さんがウキウキしながら言ってたけど(中古でいいのにね)、合格できたとはいえ、やっぱり運転への不安は拭えない。 せめて通勤時の自宅から市役所までは、走り慣れておきたかった。 「お父さんの車を借りて、一緒に練習しようかなって思ってるの」 「うん?」 千春くんが、不思議そうに首を傾げた。 「俺の車で練習すれば?」 「……え、え!? で、でもでも、どこかにぶつけたら大変だしっ」 「いいよー。その時は莉緒ちゃんのカラダで弁償してくれれば」 「何がなんでも千春くんの運転席には乗りません」 「そこで平常心取り戻さなくていいよ」 くすくす笑いながら、千春くんは私の免許証に手を伸ばそうとする。 それを、さっと避ける私。 一瞬動きを止めた千春くんは、相変わらず穏やかな笑みを保ったまま、私を責め立ててきた。 「莉緒ちゃん? なんで免許証見せてくれないのかな? そしてなんで写真の部分を指で隠しているのかな??」 「だってブサイクなんだもん」 「それは先生が判断します。ほら、見せて」 「やです!」 「わかった俺のも見せてあげるから」 「千春くんの運転免許証ならもう見たことあるもん!」 どうして運転免許証の写真って盛れないんだろうね。つらいです。 「ま、いいや。明後日、練習しようか」 「本当にいいの……?」 「いいよ。ただし明後日ね」 「……? 明日じゃだめなの?」 何故か「明後日」を強調する千春くんの意図がわからなくて、私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。 明後日、つまりお泊まりデートをする1日前な訳だけど、その日に運転の練習をしようと誘ってるのは、何か意味があったりするのかな? 何か、裏があるような気がしてならないんですが。 疑いの目線を向ける私に、千春くんはわざとらしく、肩を竦めてみせた。 「明日はね、別件で予定がございまして」 「あ、そうなんですか」 「うん」 「………」 「………」 「……?」 何だろう。 すごく適当に流された感がすごい。 明日練習に付き合えないことに対して、「そこに触れるな」と言われている気がする。 深刻な話だったらやだし、あまり追求しない方がいいのかな……なんて考えていた私の耳に、なんとも不埒なお誘いが掛かったのは、その時だ。 「さーて莉緒ちゃん。ここからは大人の時間です。おいで」 「………」 わざとらしく両手を広げて待機中の千春くんは、これ以上ないってくらい、胡散臭い笑顔。 嫌な予感がして、思わず後ずさって距離を取る。 そんな私の反応が気に入らなかったのか、完全に距離が開く前に腰を引かれて、結局彼に捕まってしまった。 抱き寄せられ、密着した身体が熱を帯びる。 いつもこのパターンで捕獲されている気がします。 「うう……」 「なんで唸るの。俺とくっつくの、やなの?」 「やじゃないです……」 嫌じゃない。けど、納得もいかない。 ソファーに座ったまま私の腰を抱いている千春くんは、私の胸に顔を埋めた状態で言葉を発した。 「あ、そうだ。せっかくの機会だから、この間の約束を今果たしてもらおうかな」 「この間の約束?」 何のことかわからなくて首を捻る。 私を見上げた千春くんは上目遣いのまま、口元に悪戯っぽい笑み浮かべた。 「ネコ耳メイドさん」 「……!?」 「忘れたとは言わせませんよ?」 途端、鮮明に蘇った2日前の会話の記憶。 かき揚げ丼との出会いを話していた最中に明かされた、千春くんの秘密事。 明かしてくれた条件は、「私がお母さんから授かったコスプレを試着する」という、ハレンチ極まりない交換条件。 必死に撤回を頼み込んでも聞き入れてくれなかった千春くんは、早速その条件を果たせと、私にせがんできたわけで。 「わ、わすれt「思い出させてあげようか?」 「いいいいいいやいいです思い出しましたたった今。今まさに」 「それはよかった。じゃ、待ってるね」 あっさりと私を解放した千春くんは、ひらひらと手を振りながら寝室へと促す。あっちで着替えておいで、そう言ってるのはわかるけど。 「え……ほ、本気で言ってます?」 「先生はいつだって本気の男ですよ?」 えー……(涙) トップページ |