友達のお話。4


「後輩を卑下することしか能のない奴のために、小林が病んでやる必要なんてない。小林がやらなきゃいけないことは、会社の業務だろ。与えられた仕事をこなして、わからないことは自分で調べて、それでも駄目なら先輩に聞く。それで先輩から怒られようが嫌味言われようが構うな。新人が自分で調べてもわからない事を、先輩に尋ねるのは当然のことだし、悪いことでも恥ずかしいことでもない。わからない事をそのままにしておいたら、後で痛い目見るのは小林だぞ」
「……うん」
「そりゃあね、誰だってミスするのは怖いよ。怒られるのは嫌だし、ビビるし、嫌な奴からは理不尽なことも言われるかもしれない。でも、仕方ないって割り切って我慢するしかない。なにくそって思いながら、努力していけばいいんだよ。莉緒みたいに、ちょっとした合間の時間だけでいい。そういう些細な努力が実を結んでいけば、小林を馬鹿にしてた奴も何も言えなくなってるよ。1年後くらいには、ね」
「……1年」
「長い? 耐えられない?」
「……ううん」



 ……有理ちゃん、は。

 クラスに必ず1人はいる、「わざと100点を目指さないタイプ」の女の子だと思うんだ。



 有理ちゃんも、学生の頃は成績がよかった。
 でも、点数をつけるなら90点くらい。100点満点ではなかった。
 もっと頑張れば成績優秀者として、歴代の生徒と一緒に名を連ねてもおかしくはなかったのに、有理ちゃんはそうしなかった。
 彼女はそこまで野心家じゃないし、トップを目指すことに興味もない。そして何より、自分のペースを狂わされることを極端に嫌う。

 勉強も、スポーツも、それ以外の事も。
 有理ちゃんは基本的に、何でもソツなくこなしていた。
 平均よりちょっと上のラインを保ちながら、自分のペースを優先してた。
 今まで手間隙かけなくても何でも出来たのは、ある意味才能なんだと思う。

 でも、社会は才能だけじゃ通用しない。
 イレギュラーなことだって沢山発生するし、職場環境や人間関係で悩むことも多い。

 今、有理ちゃんは壁にぶち当たっていて、誰にも頼れなくて弱音を吐ける場所もなくて、どうしたらいいのかわからなくなってるんだ。18年間生きてきた中で、今が一番、辛い時かもしれない。

 そして千春くんは、この壁を乗り越える方法を知っている大人の人。
 だから、叱咤してるんだ。
 有理ちゃんなら乗り越えられるって信じてるから、背中を押すんだ。

 有理ちゃんにも千春くんの思いは、きっと伝わってる。
 その証拠に、有理ちゃんの瞳には光が舞い戻っていて、表情は幾分か、柔らかいものに変わっていた。
 さっきまでの沈んだ表情は、もうそこにはない。千春くんの言葉に、心が揺らいでいるのがわかる。

 有理ちゃんの目元がちょっとだけ赤くなってて、なんだか、私まで泣いちゃいそう。
 表情を緩めた千春くんの声が、急に優しくなった。

「……いいんだよ。ミスしても、へこんでもいい。人はいつも、挫折と失敗から学ぶんだよ。痛みを知った人間はその分成長できるし、後輩ができた時に優しくなれる」
「………」
「だから、大丈夫。小林ならできるって」

 楽勝だろ、なんて軽く言いながら、千春くんの手が有理ちゃんの頭をぽんぽん撫でる。
 普段の有理ちゃんなら頭を撫でられることを嫌うのに、今は大人しく、千春くんになでなでされている。俯きながら鼻をすすって、「……わかった」と小さく呟いた。

 こっそりティッシュを差し出せば、有理ちゃんと目が合った。
 真っ赤な泣き顔がふにゃ、って柔らかく微笑んで、私もつられて一緒に笑う。

 もう、大丈夫だから。
 赤く腫れた有理ちゃんの目が、私にそう伝えてくれた。

「ねー俺は? 俺にもなんかアドバイスないの?」
 なんて、明るい声が隣から聞こえてきて思わず吹き出した。
 愚痴を吐き出したことでスッキリしたらしい大輝くんも、千春くんの叱咤で元気が出たみたい。

「えー、高橋にはないかなー」
「なんで!」
「馬鹿につけるお薬はないんデスヨ、高橋クン」
「ひどくない? えっこの人普通にひどくない!?」
「ライバルの背中を押してやれるほど、俺は優しくないんでねー」
「ライバルってなに!?」
「大体、この席順がまずおかしいでしょ。なんでそっちに莉緒と高橋が並んで座ってるわけ。おかしくない? 普通は莉緒と俺がこっちじゃない? なにちゃっかり莉緒の隣を確保してんだよ間男め。元カノちゃんにあることないこと言いふらすぞ」
「理不尽!!!!!」






「……男ってほんとバカ」
「そうだねえ」

 あまりにも下らない男同士の攻防戦。
 有理ちゃんの呆れたような一言に、私も笑いながら同意する。
 かき揚げ丼も頷くように、にゃあ、と一声鳴いた。








 社会人になったばかりの私達。
 まだまだ学生気分が抜けていない部分があるのは否めなくて、反省することも多くて。
 思い描いていた社会人は、理想とは全然違っていた。理不尽な扱いに、頭を悩ませることも多い。
 それでも、周りの人達の叱咤激励を受けながら、私達は少しずつ、成長していけるはずだから。

 頑張ろうね。
 有理ちゃん、大輝くん。

mae表紙tugi

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