友達のお話。2 ・・・ 「ねえ、ずーっと聞きたかったんだけど。アンタら、いつからデキてたの?」 有理ちゃんの一言に、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。 今、私達はガラステーブルを挟んで、向かい合わせに座っている。私と大輝くん、そして向かい側に、千春くんと有理ちゃん。かき揚げ丼は、ソファーの上でのんびり毛繕い中。 本来であればこの時間、千春くんと夕飯作りに勤しんでいるはずだった。 でも今、2人のお客様を出迎えている状況で、これから4人分の夕飯を作るのは、さすがに手間と時間が掛かる。 大輝くんはともかく、有理ちゃんは明日も仕事があるから長居は出来ないし、じゃあ手っ取り早くピザでも頼もうか、という話で落ち着いた。 僅か10分程で到着したピザは、有理ちゃんが大好きなマルゲリータ、Lサイズ×2。 付け合わせに簡単なサラダも添えて、賑やかな夕食会の始まりです。 「あ、それな。俺もずっと聞きたかった。卒業後に付き合うって聞いた時もビックリしたけどさ。『え、いつの間にそんなご関係になってたの!?』って感じだったし。浦島太郎な気分だったわ」 大輝くんの主張に、私は苦笑いするしかない。 "卒業後に、交際する予定の人がいる" 高校生在学中、有理ちゃんと大輝くんに伝えた言葉を思い出す。まさに寝耳に水のお話で、2人とも凄く驚いていた。 でも、その相手が千春くんだと打ち明けた時の、彼らの形相は今でも忘れられない。いつもクールで何事にも動じない有理ちゃんですら、呆然としていたくらいだから。 今から1年前。 私は北海道の高校から、東京の高校へと転校してきた。 そこで数学教師だった千春くんと出会って、恋をして、想いを伝えた。私が高校を卒業したら交際しようと約束してくれた。 その間───僅か、3ヶ月弱。 転入してきたばかりの私と千春くんが、出会ってから両想いになるまでの期間が短すぎる。 学生同士ならいざ知らず、私達は『教師』と『生徒』の関係にあって、本来、恋愛感情なんて芽生えない筈の関係なのに。この短期間に何があったんだって、当然2人は思ったはず。 でも、その「何が」を、当時は明かす事が出来なかった。経緯を話せなかったのは、千春くんと有理ちゃんから直接、口止めをされていたからだ。 で、どうして口止めをされていたのか、というと。 「大輝のせいなんだけど」 「は、俺? 何で?」 有理ちゃんからの刺すような視線に、大輝くんは困惑顔。訳がわからない、そう眉を寄せる彼を指差して、有理ちゃんは口を開いた。 「アンタは昔から、勘だけは鋭かったからね。莉緒が必死に隠そうとしても、気付いちゃうでしょ、アンタなら。変に勘繰られるくらいなら、この変態教師と卒業後に交際することだけでも伝えようって、莉緒達は思ったわけ」 「野生の勘って、なかなか馬鹿にできないからねー」 千春くんが頷きながら同調する。 変態教師ってところは否定しないのかな、と要らない心配をする私。 有理ちゃんは更に続けた。 「でも、あくまでも伝えるのは、それだけ。その他の情報を大輝に与えない為に、莉緒たちはそれ以上は何も言わずにいたの。でもほら、無事に高校卒業できたわけだし? 交際までのいきさつを、そろそろ私達に教えてくれても良いでしょ?」 「いやいやいや待って待って納得できん。その、『俺に情報を与えない為に』って何? なんで俺限定!?」 「アンタの口が軽過ぎるからよ」 「う……」 一刀両断されて、大輝くんが黙り込む。 「大輝、昔からそうじゃん。隠し事ができなくて、いっつも口を滑らせて周りにバレちゃうタイプ。でも、莉緒達の場合はそれだと完全にアウトなの。わかる?」 「…………、ウス」 「アンタがうっかり余計な事を口走って、変な噂でも立ったらどうするの? ヤバい状況になってたかもしれないんだよ。もし噂が大きくなれば学校側だって黙っていないだろうし、最悪、莉緒は停学か退学処分をくらって、水嶋も学校を辞めてたかもしれないんだから」 「え、え……お、重すぎる……」 大輝くんが気まずそうに表情を歪めた。 彼はクラスのムードメーカー的な存在で、いつも人の輪の中心にいた。そして周りをよく見ていて、誰よりも気遣い上手だった。転入したばかりでクラスに馴染めていなかった私に、最初に手を差しのべてくれたのも、大輝くんだった。 そんな彼に隠し事をしても、きっと気づかれてしまう。疑われるくらいなら、と千春くんとのことを明かしたけれど、私達の事情には重い責任が伴う。 2人に重圧を感じてほしくなかったから、深い話は出来なかったというのも、理由のひとつ。 「あ、で、でもほら、バレずに高校卒業できたし! そんなに重く受け止めないで?」 慌ててフォローを入れてみるも、千春くんからの更なる追撃が大輝くんを襲った。 「先生的には、高橋に口止めした理由はそれだけじゃないんだけどなー」 「……へ?」 顔を見合わせる私と大輝くん。 「さて、ここで問題です。うちの莉緒ちゃんは知っての通り、男に全くモテません。こんなに可愛いくて家庭的な女の子なのに。何故でしょう」 「………」 唐突に私のディスりが始まりました。 「……どうせモテないもん」 可愛くないし、胸ないし……と、ぶつくさ文句を言いつつ膨れっ面になる私を完全に無視して、千春くんは再び口を開いた。 「それはね、隙がないからです」 「……は、隙?」 意味がわからない、と大輝くんは首を捻った。 その隣で、私も唸る。 有理ちゃんは千春くんの弁論に全く興味がないようで、かき揚げ丼と猫じゃらしで遊び始めていた。 「じゃあ逆に考えて、一般にモテる女子ってどんなタイプだと思う? あ、中身と雰囲気の話ね。顔の良し悪しは関係ないよ」 「……は? わかんね」 「はあ、これだから女心のわからない鈍い生徒は嫌なんだよねー」 大袈裟にため息をつく千春くんに、むっとした表情で大輝くんが食いついた。 「そんなの考えたことねーし!」 「なら今から考えなさい。いつの時代でも、『天然キャラで、素直で、頭が若干弱い女の子』がモテるんだよ。たとえそれが計算であってもね。高橋クン、君の元カノちゃんがそういうタイプだったでしょ」 「いきなり黒歴史ぶっこんでくんな!」 雄叫びを上げて、大輝くんは怒りを露にした。 それもそのはず。大輝くんにとって、元カノさんの話題は絶対に振られたくないネタのひとつ。黒歴史、なんて自分で言っちゃう程なのだから、相当掘り起こしてほしくない過去のひとつなんだろう。 そんな禁句ワードを口にしちゃったわけだから、大輝くんの元カノ事情を知っている千春くんが怒られるのも、当然の話。 でも、そこはやっぱり千春くん。 大輝くんの怒りにも、てんでお構い無し。 「高橋の黒歴史なんぞどうでもいいわ」とあっさり斬り捨てて、淡々と話を続ける。 「つまりね。守ってやりたいとか、俺がいなきゃこの子は駄目だとか、男にそう思わせる事ができる女の子が一番モテるわけ。まあ、そういう子は大抵、女からは嫌われるけどね。隙がある子っていうのは、そういう面を総合的に見て、押せば自分に落ちてくれそうな女の子を指すの。あくまでも統計学的に見た場合だけどね」 いつのまにか先生モードになっている千春くんに、胡散臭い表情を浮かべながら耳を傾ける、私と大輝くんの姿がある。 千春くんの言葉に、有理ちゃんが声を上げた。 「あー、なんかわかるわ。アンタの元カノ、凄かったもんね。大輝っていう今カレがいながら、常に両隣にイケメンの幼馴染み2人、はべらかしてたもんね。少女漫画かよって思ったし」 「しかもバイト先の男の子ともいい感じになってたらしいじゃん。4人の男をキープするとか、そんじゃそこらの女には真似できないよ。うん、先生も認めるわー。君の元カノちゃんは凄かった」 「お陰で女子からは壮絶に嫌われてたらしいけどね。顔も体型も平均並みなのに、なんでか男にモテるから。まあ、嫌われてても当の本人は全然気にしてなかったけど」 「あ、あの、その辺でやめてあげたらどうかな……」 大輝くんの元カノさんの話になると、その場がすごく盛り上がる。いくつもの伝説を残している女の子らしいから、話のネタが尽きないみたい。 さすがに可哀想になって止めようとしたけれど、千春くんと有理ちゃんは止まらなかった。 「大輝含めて周りの男子が放っておかないから、女子から嫌われても痛くも痒くもないんでしょ。周りにどう思われても知りません、って感じだったし。そういや、慶応大学に行ったんだっけ? 元カノ元気?」 「絶対的ヒロインって奴だね。将来大物になるよー、その子。ちゃっかり玉の輿に乗るタイプだね。元カノ元気?」 「やめてくださいほんとやめてください、土下座でも何でもしますからほんとに」 2人に散々からかわれている大輝くんが、涙目になりながら訴える。悲痛に満ちたその表情に、同情せずにはいられない。 さすがにやり過ぎたと思ったのか、千春くんはわざとらしく咳払いをして、話を軌道修正させた。 「それらを踏まえて、さっきの問題の答えを考えようか。高橋クン。君から見て、うちの莉緒ちゃんはどんな子かな」 「え……それ本人の前で言うの?」 躊躇いがちに私に視線を送る大輝くんに、私もどう返したらいいのかわからず眉を寄せる。 でも大輝くんが話さないと、この授業も終わりそうにない雰囲気だ。少し気恥ずかしそうに、彼は口を開いた。 「普通に、いい子だと思う。あ、あと、すげえしっかり者だよな、香坂さん」 「え、そうかな?」 「うん。だって両親が共働きで、弟達の面倒見ながら家事とかやってたんでしょ? 勉強もバイトも両立して、なのに成績もめっちゃ良かったし。すげーな、っていつも思ってた」 「わあ、ありがとう」 自分のしてきた努力が、こんな形で褒められるなんて思っていなかったから素直に嬉しい。胸の辺りがほわ、と温かくなる。 「あー、ほらね。そういうところ」 と、和やかな雰囲気をぶち壊す声が。 何が? と、声の主に目を向ける。 「うちの莉緒ちゃん、見た目、ゆるキャラっぽいけど」 「誰がゆるキャラですか」 「実際は超しっかり者だし、ガードはガッチガチに固いから男に隙も見せないし、しかも成績優秀者で頭もいいときた。男から見て、恋愛の対象外になりやすいタイプなんだよね、この子は」 「……なあ、俺って今、何を聞かされてんの?」 大輝くんの視線が、助けを求めるように有理ちゃんに注がれる。でも有理ちゃんは知らん顔。 「だから、まあこの子は男子生徒にはモテないだろうと高を括っていたんですよ。 ただ───1人だけを除いて、ね」 不意に、話の流れが変わる。 不穏な空気を感じ取った大輝くんが、ピシリと固まった。 「それがね、高橋クン。君なんだよ」 「なんでっ!?」 頬杖をついていた体勢から、ガタッと盛大に崩れた大輝くん。千春くんが導きだした謎理論に、堪らず喚きだした。 その隣で、困惑気味の私。 やっと言えたわ、清々しい笑顔を浮かべながらそう呟いた千春くん。それまで溜めていたらしい不満を、一気にぶちまけた。 「高校在学中、莉緒に一番近かった男子生徒は誰? 君だよね高橋クン。ガードの固い莉緒が唯一、心許していたのも君だしね。あと高橋さ、全然自覚してないと思うけど君、かなりの天然タラシだから。わかる? 相性がいいんだよ君と莉緒は。ほんと面白くない。何が悲しくて、莉緒のプライベートな情報まで高橋に教えなきゃいけないの。付き合うまでのいきさつ? 誰が教えるか馬鹿め」 「えええ!? 理不尽な上に大人げない!」 「大人げなくて結構です。先生も余裕なかったんですよ、年も立場もハンデ大きいし」 「………」 …………な、なんて大人げない大人……。 「まあ、俺達の話はもういいでしょ。それより、君らはどうなの。入社して1ヶ月経ったけど、仕事は順調?」 その一言でまた、空気が変わる。 有理ちゃんと大輝くんの顔が急に強張って、気まずそうに口を噤んでしまった。 ………え? どうしたの? トップページ |