奪われるお話。1* ゆっくり扉を開いた先。 千春くんはベッドに深く腰掛けて、私を待っていてくれた。 室内の電気は点いたまま、足を組んだ状態で静かに目を瞑っている。開閉の音に気付いて、その瞳をうっすら開けた。 視線が交わった瞬間、どくんと心臓が大きく波を打つ。 緊張のピークが最高潮に達した瞬間。 「……は、入っても、いい?」 既に入室してしまった後なのに、無意味な問い掛けだ。 千春くんが無言なのが怖くて、何か言って欲しくて、つい的外れな言葉を投げかけてしまった。 案の定、彼は表情を崩して笑う。 張り詰めていた空気が和らいだ気がして、私もつられて笑顔になった。 「おいでおいで」と手招きされて、駆け足で彼の元へ向かう。いまだ胸に残る恐怖を振り切って、ぽすんと勢いよく、ベッドに飛び移った。千春くんの隣。 緊張と気恥ずかしさで、彼を直視できない。 膝の上で作った拳が、微かに震えていた。 「……いいの?」 数秒置いて、今度は千春くんが尋ねてくる。 何に対して了解を得ようとしてるのか、もうわかってる。 持ち出してきた例の箱を握り締めて、俯いたまま声を張り上げた。 「……ちっ、千春くんが、ど、どうしてもって言うなら? 私の初めては、ち、千春くんにあげる」 上から目線になった。 唐突のツンデレ。 怖がってない、ビビってなんかいないぞっていう、精一杯の強がりだ。 千春くんが不安に駆られたり躊躇ったりしないように、極めて明るく振舞ってみた、つもり。 「そのかわりっ、千春くんの初めても、わ、私がもらいますから!」 鼻息荒く宣言すれば、ふ、と小さく笑われる。 握り拳に千春くんの手のひらが重なって、力んでいた肩から力が抜けた。 恐る恐る見上げれば、優しい眼差しとぶつかる。 「……怖くても、逃げない?」 静かに、牽制される。 「……逃げない、よ」 「恥ずかしくても?」 「……逃げない」 「痛くても泣かない?」 「……泣かない」 「……途中でやめてって言われても、やめないよ、俺」 小さく告げられた決意に、彼の本気が垣間見えた気がした。 「うん」 私だって、悩んだ。何度も迷ったけど、千春くんに抱かれる覚悟を決めた。 だから大きく頷いた。 もう迷わない。 生半可な覚悟で、ここに来たわけじゃない。 「ちょっと待ってて」 そう言い残して、千春くんは手を離した。 そのまま立ち上がり、壁スイッチに手を伸ばす。ぱち、と音が響いて、室内が暗闇に包まれた。 同時にベッドサイドの照明に電源が入り、周辺が淡い光で包まれる。強い明かりではないけれど、相手の表情を確認するには十分な程の光加減に調整されていた。 すぐにベッドへ戻ってきた千春くんは、床に膝をついて私の前に座った。同じ目線に高さを合わせて、両手を取って握り締めてくる。 間近で視線が絡み、胸が高鳴ってしまう。 直接目が合うとやっぱり恥ずかしくて、条件反射で顔を俯いてしまう。 「……莉緒」 「は、はい」 「力、抜いて」 言われて、小さく息を吐く。 「落ち着いた?」 「はい……」 「顔上げて」 「はい……」 「俺の方見て」 「……っ、はい」 「……好きだよ」 漂う空気が僅かに動き、彼が近づいてくる気配を感じた。 自然と目を瞑る。 唇に、彼の吐息が触れた。 ・・・ もう、あれから。 「あっ……あ……んっ……」 どれぐらい、時間が経ったんだろう。 「ち、はるく……も、いいから……っ」 「……ん。何が、いいの?」 掠れた低音が耳元に落ちて、甘い刺激が背筋を走る。ぞくぞくとした感覚が駆け巡って、ふるりと身体が小さく震えた。 服を脱がされ、ブラも外され、身に着けているものは薄っぺらいショーツ1枚だけ。あられもない姿のままベッドに横たえられた後は、身体のあちこちに彼のキスが降り注ぐ。 静まり返った薄暗い室内。 乱れた吐息と、リップ音が混じる。 皮膚の薄い鎖骨から肩や胸、太もも、ついには膝の裏まで、順を追うように熱が落ちていく。 ちゅ、と赤い印をつけられて、両胸の突起を指で挟まれて。クリクリと優しくいじられながら、また鎖骨に口づけられる。 気持ちよすぎて、身体の震えを止められない。 「あっ、あん、それ、すき」 「すき? これ、気持ちいい?」 きゅっと摘まれて、指の腹が先端を撫でた。 「ん、あっ」 強い刺激に、ビクンと腰が跳ねる。 「んっ、きもちいい、けど」 「けど?」 ……けど、延々と生易しい愛撫を繰り返されている現状は正直つらい。 身体は既にクタクタだし、下腹部も疼いて仕方ない。どうにかしてほしいのに、千春くんは一番触って欲しいところを全然触ってくれない。 それがもどかしくて、どうにかして触って欲しくて、でも直接口にすることもできなくて、止むを得ず断念する。 「……莉緒? ちゃんと言ってくれないとわからないよ?」 なのに彼は、それを良しとはしなかった。 「えっちな気分になった時は、どうするんだっけ?」 「……え、え……と?」 「前に、ちゃんと教えたでしょ」 「え……」 『───して欲しいこと、何でもしてあげるから、言って』 いつの日か、キッチンでしちゃった時に言われた一言を思い出す。 「……お、おねだり、する……?」 「そうだね」 艶っぽく微笑んで、千春くんの指が私の頬を撫でる。 「してごらん?」 親指がゆっくりと、私の唇をなぞった。 それだけでゾクゾクするの。 「……さ、さわって」 「どこを?」 あっさり切り返されて言葉が詰まる。これ、絶対に言わなきゃいけないやつなのかな……。 でも、直接的な言葉を口にするのはやっぱり抵抗があって、それならば、と千春くんの手を掴んだ。 そろそろと両足の間に誘導すれば、千春くんは軽く目を見開いて。 そして、満足そうに微笑んだ。 自分のしている事が恥ずかしすぎて居たたまれない。 それでも結局、触れて欲しい欲求が勝った。 「大胆だね、莉緒」 「あう、だって……」 大胆なことさせてるのは千春くんです。 そう反論したかったけど、ショーツのクロッチ部分から彼の指が滑り込んできた瞬間に、発しようとした言葉を失った。 望んでいたことをされただけなのに、驚きでひゅ、と喉が鳴る。くち、と濡れた音が耳を衝いた。 「ひゃ……あ、あん」 ぬるりと滴る秘所に感じる、指の感触。 上下にゆっくり行き来する度に、敏感な蕾にも触れられる。たまらず甘い声が漏れた。 当に湿り気を帯びていた箇所は、今まで焦らされていた分、反応が早かった。途端に愛液がとろとろ溢れ出し、千春くんの指とショーツを濡らしていく。 あっという間に洪水のような状態になって、ぐちゅぐちゅと粘着質な水音が響き始めた。 恥ずかしい、を理由に逃げるのはやめる。 そう決めたのに、淫らな音が聞こえる度に決意が揺らぐ。死ぬほど恥ずかしくて、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。 「いっぱい濡れちゃったね」 しかも言われた。 もう死にたい。 トップページ |