番外編・斎藤さんのお話。2


 私はね、決して強欲な人間ではないと自分で思うのよ。あれもこれも、なんて欲張りな性格はしていないし、理想だって別に高くない。
 そりゃあ、ちょっとは夢見て「隣人がイケメソだったらいいな(はあと)」とか言っちゃったけどさ。でかい魚釣りあげたいとか言っちゃったけどさ。別に私は、大物のマグロを釣りあげたいなんて望んではいなかったの。
 ちょっと目の保養にいいかな程度の、そうね1メートル級のタイセイヨウマグロでよかったの。
 わかる?
 つまり男も食べ物も、自分の身丈に合ったものを選ぶのが一番賢いって事よ。

 それが。
 それがよ。
 予想を遥かに超えた、3メートル級の超特大クロマグロが出てきちゃったわけ。

 ねえどうしたらいい?
 さすがの私でも、こんな大物捌き切れないわ畏れ多すぎて。
 むしろ捌かれるべきはこの私。
 ワンチャンとか言ってマジごめんなさい全力で謝ります。イケメンよ煮るなり焼くなり好きにして。

「……大丈夫ですか?」

 イケメンという総称が霞むほどの凄まじいイケメンが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
 綺麗な瞳の奥に、はんにゃ顔の私が映っている。

「あ、大丈夫です」
「よかった。本当にすみません」
「いえそんな、本当に大丈夫ですから気になさらないでください」

 そうだ、やんちゃ盛りの子猫に罪は無い。

「いえ、目を離した私が悪いので」

 ちょっとジャイ子聞いた?
 イケメンな上に紳士とか………腰が砕けそう。

 そんなイケメンの手には、ムササビと化していたチビ猫ちゃんが大人しく乗っている。じっと聞き耳を立てて、つぶらな瞳を私に向けている姿は爆発級に可愛い。
 イケメンと白にゃんこのコラボレーションおいしいですね。これでご飯3杯いけます。

「夜分遅くにすみません。今日、隣に引っ越してきました斉藤という者です」
「ああ、はい。大家さんから聞いてます。はじめまして、水嶋です」

 にこ、と微笑んだ瞬間に放つオーラが眩しい。

 笑顔の破壊力すごい。
 顔のパーツ整いすぎててやばい。
 男のくせに顔小さいし綺麗すぎて逆に怖い。
 口角の上げ方がもはやプロ級。
 なまじ姿勢がいいから、立ち姿だけで格好よさが際立っている。

「あの、これよかったら」

 そう言って菓子折りを差し出せば、ガンジーさん、いや水嶋さんは、手のひらに乗せていた白にゃんこを、今度は自身の肩に乗せた。
 手乗りにゃんこから肩乗りにゃんこへ、華麗にシフトチェンジ。不安定な場所へ移動されたにも関わらず、水嶋にゃんこは難なく肩に居座って大人しくしている。

「すみません、気を遣って頂いて」
「いえ。これからお世話になる事もあると思いますので。ほんの気持ちです」
「有難く受け取ります。ありがとうございます」

 そう答えた水嶋さんの、丁寧な対応に感服する。笑顔も優しげで、態度も威圧感がなく柔らかい。それが自然体で出来てしまう。
 これは、さぞおモテになるだろう。

「あの、それでですね」
「はい」
「私のところにも、猫が1匹おりまして」
「斉藤さんも猫を飼っているんですね」
「はい。それで、多分大丈夫だとは思うんですけど、もしうるさくしたらすみません」

 うちのジャイ子ちゃん、あまり鳴かないし暴れないから大丈夫だとは思うんだけど。
 イビキがうるさいのが不安なところ。

「うちも、これが結構鳴くので。多分、うちの方がうるさいと思います」

 なんて言いながら、肩乗りにゃんこを指す。
 確かにあのムササビっぷりを見る限り、うちのジャイ子より水嶋にゃんこの方が暴れん坊っぽい。
 その時、とて……と部屋の奥から足音がした。
 水嶋さんが背後を振り向けば、女子高生らしきあの女の子が、不安そうに私達を見つめている。
 ……ド忘れしてた、この子の存在を。

「……あの、私、帰った方がいいですか……?」
「ん? 帰る? じゃあ俺家まで送ってくよ」

 俺っ! 俺って言ったわよジャイ子!

 さっきまでの余所行きな態度とは一変、その女の子の前で披露された、素の姿とその口調。
 ここでまさかの「俺」発言、既に私のハートはノックアウト寸前である。まあ私に向けられた発言ではないけれど。
 どうやら私と水嶋さんがお話している様子を見て、女の子の方が萎縮してしまったようだ。こんな小さい子に、気を遣わせてしまった。

 この子は誰なのかとか、この2人の関係がちょっと、いやかなり気になるところではあるけれど、所詮私は今日知り合ったばかりの赤の他人。
 ここは私が立ち去るべきだろうと思い至り、水嶋さんに声を掛けた。

「長居してしまってすみません。今日はご挨拶のみで失礼しますね」

 もとよりその予定だったしね。
 軽く会釈をして立ち去ろうとした私を、「あの」と、今度は水嶋さんの声が引き止めた。

「わからない事があれば、何でも言ってください」
「ありがとうございます」
「じゃあ、おやすみなさい」
「はい、失礼します」

 扉を閉める寸前まで、彼の笑みは崩れない。
 私が部屋に入るのを見届けてから、水嶋さん宅の扉も静かに閉まる。これまた、なんという紳士っぷり。
 だけど何だろう。見た目は本当にウルトラハイパー級にイケメンなんだけど、中身はわりと普通だ。
 あれだけの見た目の持ち主なら、もう少し胸を張ってもいいというか、外見に見合う態度でも良いんじゃないかと思うんだけど、水嶋さんは始終、相手より自分を下に置く言い方をする。
 口調や言葉のチョイスも庶民っぽい。「うち」って言い方が、特に。
 あえてそういう態度を取っているようにも見えた。

 今日が初対面、会話は僅か5分程度。
 なのにもう、彼に親近感を得ている自分がいる。
 あれは相当頭のキレるタイプか、もしくはただの天然か。多分、前者だ。
 でもまあ、目の保養にはなるかな〜なんて煩悩を膨らませていたその時、ガチャ、扉の開く音が再び聞こえた。
 私の部屋ではない、隣からの。
 水嶋さんの方だ。

 音を立てない様に、そおーっと扉を開ける。
 視線の先には水嶋さんと、女の子の後ろ姿。
 水嶋さんが部屋の鍵をかけてから、2人は隣同士に並んで歩き出した。

 数センチほど開いた扉の隙間から、彼らの様子を窺う私。
 そしてその主を白けた瞳で見上げるデブ猫。
 違うのよジャイ子聞いて。これは決して覗き見が趣味とかそういうんじゃなくて、その白い目で私を見ないでジャイ子。傷つくわ。

「……お隣さん、今まで空き室だったんですね」
「うん、そう。いい人そうでよかった」
「……女のヒト、でしたね」
「なに? 妬いてるの?」
「え、あ、ちがいます」
「ふーん」
「………」
「……俺は誰かさん一筋だから大丈夫ですよ」
「……はう……」
「顔赤いよ」

 妙に愛らしい唸り声と、鋭い突っ込みを繰り出す水嶋さんの楽しそうな声が響く。
 エレベーターへ向かう2人の背はどんどん遠ざかって、その後の会話も聞き取れなくなった。
 シンと静まってから扉を閉める。

「………」

 ねえジャイ子、今の2人の会話どう思う?
 どう考えても、家族とか親戚同士の会話じゃなかったわよね。親密な会話っぽかったよね。
 つまりそういう、2人はアレな関係ってこと?
 いやでも年の差ありすぎじゃない?
 そもそも水嶋さんて先生なの? 何の?

 湧き出る疑問の答えは一向に出てこない。
 これ以上考えていたら馬に蹴られそうだからやめておいた。



 かくしてこの日から、謎多き隣人さん、水嶋さんとのご近所付き合いがスタートしたわけである。

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