浮気のお話。2 ・・・ 「うわ……水嶋頑張るね……」 話せる範囲で打ち明ければ、何故か有理ちゃんから憐れみのような目を向けられた。大輝くんに至っては、何とも言えない複雑な表情を浮かべている。 さっきまでのテンションは、どこかへ吹き飛んでしまったかのような静けさだった。 「な、何か変かな?」 「変っていうか……ねえ?」 「いやー……うん、水嶋も大変だな……」 「………?」 大輝くんの言葉に、私はますます混乱する。 千春くんはいつも、隙あらば私にベッタリくっついてくるし、甘えてくるし触ってくるし、私をからかってよく遊ぶ。自分の思うがままにやりたい放題、そんな彼に振り回されているのはいつも私で、どう見ても大変なのは、千春くんじゃなくて私じゃないだろうか。 彼に触れられるのは嫌じゃない。 むしろ嬉しいくらい。 でも千春くんのスキンシップは少し過剰だから、私はいつもソワソワしたり、どきどきしたり、平常心を保つのに大変なのだ。 そんな私の必死な様子も、千春くんには面白い小動物くらいにしか見えていないと思う。 だから、大輝くんが言う「水嶋も大変」の意味がわからなかった。 「えと、どういう意味、なのかな……?」 「いや、うん……言ってもいいのかな……」 大輝くんは目線をあちこちと彷徨わせていて、落ち着きのない様子。すごく言いづらそうな雰囲気を放っている。 聞いちゃいけないことだったのかな、そう思って話を中断させようとした私に、有理ちゃんの口から、とんでもない一言が零れ落ちた。 「水嶋、溜まってそうだよね」 それはもう、清々しいほどにハッキリとした口調だった。 え、と言葉を詰まらせる。 大輝くんは唖然とした顔で、有理ちゃんを見ていた。 でも有理ちゃんは全然気にしてない。強い。 「え、だって。好きな子と最後までできないって、男にとっては致命的なんでないの? アイツどうやって抜いてんだろうね」 ぬ、ぬ、ぬ、ぬく………!? ピキリと石化してる私達の前で、何の躊躇いも恥じらいもなく、男の人の下半身事情を淡々と話し続ける有理ちゃん。強い。 「おま……もうちょっと言葉選べって」 「こういうのは直接言わないとわかんないじゃん」 「ぬ、ぬ、ぬくって、あの」 「あ、抜くっていうのはね。つまり、」 「いいいい言わなくてもいいですー!」 必死に止めに掛かる私。 有理ちゃんが何を言おうとしてるのか瞬時にわかってしまって、頭の中はもうパニック状態だ。 千春くんはよく私に触れてくるけど、最後までは絶対にしない。それは今まで触れ合ってきた過程で彼が唯一守っている、信条みたいなもの。 だから私は、心のどこかで安心してたんだ。 千春くんは、私が嫌がることは絶対にしない人だと、私は無条件に信じてしまっている。 今は触れているだけでも、いずれは抱かれることになるのかなって考えたらやっぱり怖い。初めてはすごく痛いって聞いたことがあるし、千春くんに抱かれることが彼のものになるという喜びが、私の中でまだ実感として無いからだ。 だから千春くんは、私の覚悟が決まるまで待ってくれているんだと思っていた。 勿論、私が未成年だという理由もある。 成人男性が未成年に手を出したら、本来は犯罪だもんね。 でもそのせいで、千春くんが我慢しているんだと今更気付いてしまった。 たまってる。 え、千春くん、溜まってるの? それはいけません。 溜まったものは放出しなければなりません。 だって体に良くないもん。 でも、どこに。 私には放出できないし。 じゃあ手段なんて限られているはず。 「ち……、せ、先生って」 「うん?」 「え、えっちなビデオとか、見たりするのかな」 「さあ? 水嶋も男だし、見たい時は動画とかで見るんじゃないの」 「そ、そっか、そうだよねー……」 愕然とした。 どうして今まで気付かなかったんだろう。 私が未成年だから千春くんは我慢しなきゃいけなくて、もし私が成人を迎えても、私がいつまでも怖い怖い言ってたら、千春くんは一生抱いてくれないかもしれない。 それで、綺麗なお姉さんがいっぱい出てるえっちなビデオとか、動画とか雑誌とか見て、放出しちゃうんだ。 己の猛りを思う存分にぶちまけちゃうんだ。私の知らないところで。 「莉緒?」 「………」 「あれ? 莉緒ってば」 「………」 「おーい」 「………」 「……ねえ、なんか莉緒固まっちゃったんだけど」 「有理のせいだと思う」 「え、なんで?」 2人の必死な呼び掛けも耳に入ってこない。 私の思考はすっかり、ずぶずぶの泥沼にはまってしまっていた。 ・・・ 「……どうしたの?」 車内の微妙な空気を感じ取った千春くんが、私にそう尋ねてくる。それを、力なく首を振ることでやり過ごした。 頭の中を占めているのは、ファミレスで有理ちゃんから告げられた内容のことばかり。 「ずっと様子が変だけど」 「……ごめんなさい」 「また、頭痛い?」 その問いかけに懐かしい響きを感じて、少しだけ気分が浮上する。 私は昔から、厄介な頭痛持ちだった。 特に暑い日や、旅行などの慣れない環境にいる時に頭痛が起こりやすい。修学旅行はもっぱら大変だった。 私が偏頭痛持ちなのは千春くんも知っている。 何故なら、千春くんも偏頭痛持ちだから。 お互いに同じ苦しみを長年味わっている、私達はいわば同志なのだ。 学生の頃、私が酷い頭痛を起こした時に、彼が手持ちの鎮痛剤を分けてくれた事があった。 頭のマッサージをしてくれて、痛みを和らげてくれたこともあった。 こんな先生もいるんだなあって、あの時はとても嬉しく思ったのを覚えてる。 あの高校で、先生として接してきた千春くんと過ごした日々は、今も私の思い出の中で、キラキラと輝いている。 卒業した後もこうして彼と一緒にいられるのに、こんな暗い気持ちのままじゃ駄目だよね。 そう思い直して笑顔を向ける。 「大丈夫です。考え事してただけだから」 「考え事? 大丈夫?」 「はいっ」 千春くんに心配掛けちゃいけない。 だから私は、笑うしかない。 胸に残る痛みは、何度も見ない振りをして。 トップページ |