浮気のお話。1


「うん。いいんじゃない」

 なんて、呑気な声を上げたのは私のお父さんだ。

 千春くんとドライブデートを楽しんだ翌日。
 GW期間中、彼のところへ泊まりに行ってもいいか、お父さんにも相談してみた。
 自分の口から直接伝えるのは結構勇気がいるもので、何を言われるか内心どきどきだった私に下された返答は、あまりにもあっけないものだった。
 つい拍子抜けしてしまった私とは対照的に、お父さんはいつも通り、のほほんとした空気を醸し出している。漫画絵にしたら、コマにお花が舞っていそうな感じ。

 もともとGWお泊り会は、お母さんが勝手に仕組んだことであって(私の荷物まで勝手に持ち出して!)、たとえ何を言われても、私や千春くんに非はないとは思う。
 でも、その場にいなかったお父さんは事の顛末を何も知らない。
 娘が外泊、しかも彼氏のマンションへ1週間以上も泊まりに行く事を、父親がどう思うのか。そんな事を考えたら、緊張の具合は半端なかった。

 更にお母さん曰く、

「千春センセが莉緒とお付き合いしたいって言った時、あの人ちょっと放心状態だったわ。魂抜けてたわ」

 らしいから、余計に。

 お父さんは認めません! なんて修羅場になったりしないか、あまつさえショックで倒れるんじゃないかとか、様々な葛藤が頭の中で渦を巻く。
 悩んだ末に、正直に話すことを決めた。
 黙ったまま家を空ける訳にもいかないし、友達の家に泊まるとか、あやふやな嘘もつきたくない。
 ちゃんと自分の口から伝えた方が絶対にいいと思ったから、覚悟を決めた。

 それに、先生だった千春くんと元生徒の私がお付き合いをする事に、お父さんがどう思ってるのか、この際ちゃんと聞いておきたかった。なのに。

「うん。いいんじゃない」

 で、会話は終了してしまったのだ。

「あ、あの、お父さん」
「ん?」
「行ってもいいの?」
「いいよ。行っておいで」

 インスタントのコーヒーカップを片手に,お父さんはのんびりとした口調で答えた。
 念の為に二度同じ事を聞いてみても、返答は変わらず。私の聞き間違いとかではなくて、本当にそう思ってるみたい。

「……反対されるかと思ってた」
「どうして」
「わたし、まだ19だし」
「相手がまだ莉緒と同じくらいの年の男の子だったら、反対してたかもしれないね」
「でも……相手は先生だった人だし」
「何か問題あるの?」
「え?」

 思いがけない一言に顔を上げる。

「先生は、莉緒が卒業するまで待ってくれたね」
「? うん」
「莉緒も、卒業するまで我慢したね」
「うん」
「ちゃんと卒業した後に、お付き合いを始めたんだよね」
「そう、です」
「2人とも、間違ったことは何もしていない」
「………」
「水嶋先生は信用できる人だし、父さんは、2人が個人的にお付き合いを始めた事が嬉しいけどなあ」

 にこにこと、笑顔で返される。不満も心配も抱いていない、そんな柔らかな表情。
 お父さんにそう言われたら、確かに今まで悩んでいた事なんて、然程大事ではないように思えてくるから不思議だ。
 私がもし在学中だったら当然問題になるけれど、私達はちゃんと時期を選んで、交際を始めたんだから。

 ……その過程で、一度、間違いは犯しちゃったけれど。
 "あの日"のことは誰にも言えない、私と千春くんだけの秘密。



・・・



「へえ。泊まりに行くんだ。やらしー」
「や、やらしくないですっ」

 含みを持たせた口調に声を荒げてしまう。
 眉を寄せる私の前には、涼しい顔でニヤけてる女の子の姿がある。その隣には、あんぐりと口を開けて放心している男の子。
 2人とも、私の大事な友達だ。



 指折り数えてやってきた週末は、お友達との再会から始まった。
 千春くんは生徒会顧問の関係で学校に行かなきゃいけなくて、仕事終わりに会うことになっている。
 約束の時間まで私は、高校の友人───
 有理ちゃんと大輝くんに、会うことにした。

 スマホから、LINEの音が鳴る。
 画面を見れば、「着いたよ」とシンプルな一言が表示されていた。
 バスから降りて顔を上げれば、春の装いに身を包んだ有理ちゃんと大輝くんの姿がある。
 笑顔で出迎えてくれた2人の元へ、私は急いで駆け寄った。

 高校の同級生でもある有理ちゃんと大輝くんは、私があの高校に転入してから出来た、初めてのお友達。以来、どこへ行くにも3人で行動してた。卒業後に2人と会うのは初めてで、久々の再会に気分も舞い上がってしまう。

 1ヶ月半ぶりに会った有理ちゃんは薄く化粧をしていて、高校当時は黒だった髪も明るい茶に染めていた。大輝くんは髪を短めに切り揃えて、大人びた印象を受ける。2人から見た私も、少しは大人っぽく見えていたりするのかな。そう思うと、ちょっと照れくさい。
 学生から社会人という立場になって、意識的に自分を変えたいと思うのは、みんな同じみたいだ。



 待ち合わせした場所から程近いファミレスに入って、お互いの話に夢中になる。
 私と同様、高卒で就職入りした有理ちゃんは、建設会社の事務職をやっている。大輝くんは一般企業の会社員。就職した場所は3人ともバラバラだけど、休日はほぼ一緒。また、こうして会う機会を作れたらいいな。

 一通り話が終われば、今度は私と千春くんの交際ネタへと話題が飛んだ。
 というより2人とも、こっちの話が本命だったみたい。
 そりゃそうか、高校の友達と教師が卒業後に付き合い始めるなんて、滅多にないもんね。

「で、いつから泊まりに行くの」
「あ、えっと………明日」
「えっ、明日!?」

 チーズバーグに添えられていたサニーレタスをぶは、と吹き出す大輝くんに、汚いっ! と罵る有理ちゃん。ああこのノリ、懐かしいなあ。
 何だか嬉しくなってしまう。
 有理ちゃんと大輝くんは幼馴染みで、よく教室で口喧嘩をしていた。楽しそうに。
 高校を卒業しても、2人はやっぱり仲良しのままだ。

 高校在学中、卒業後に千春くんと付き合う事は2人には既に話してた。
 すごく驚かれたけど、反対もせず受け入れてくれて、学校祭やバレンタインの日は何かと協力してくれた。私にとっては心強い存在。

「明日から、いつまで?」
「6日まで、かな」
「ふーん」
「えー泊まりって……えー早い……これだから最近の若い子は……」

 ボヤきながら、何故か後ろに仰け反っている大輝くん。後ろに倒れそうな体勢だよ。

 有理ちゃんは冷静沈着そのもので、6等分されたマルゲリータの一枚を手に取って、口の中にはむ、と入れた。私もひとつ食べようかな。

「水嶋ってさー」

 ぴろーんと伸びるチーズを振り解こうと悪戦苦闘している私の前で、有理ちゃんは切り取ったピザの一切れをもぐもぐしながら、話を続けた。

「エッチ上手いの?」

 ごふ、と咳こんでしまった。
 手からピザが落ちる。
 大輝くんは仰け反りすぎて後ろに倒れた。

「なっ、なに、急になに、言って」
「そんなに動揺しなくてもいいのに」
「だ、だって」

 まるで金魚のように口を開閉している私と、やっぱり平然としている有理ちゃんとの温度差がすごい。
 そして椅子ごと倒れてしまった大輝くんは、勢いよく起き上がって、私達に身を乗り出してきた。
 その瞳はさながら少年のようにらんらんと輝いていて、頬は赤く上気している。興奮してるっぽい。

「何! 何のお話!? おしべとめしべがくっつく的なお話っ!?」
「そうそう。それを擬人化した話」
「イヤッ! ハレンチッ!!」

 謎のハイテンションのまま、両手で顔を覆う大輝くん。一人で何だか楽しそう。

「で、どうなの莉緒」
「え、えーと?」
「シた?」
「ふえ!?」
「し、シたの!? したんですかっ!?」
「しっ、してないよ!」

 慌てて否定してみるものの、これくらいじゃ2人の勢いは止まらない。

「えー……嘘っぽい」
「う、うそじゃないもん」

 と、言いつつも目線を逸らす私。
 有理ちゃんは全然納得してないみたい。

「でも水嶋って、すごく手早そうじゃん」
「え? 水嶋って、すごく手生えるの?」
「生えねーよ。バカか。手を出すのが早そうって言ったの」
「あー。確かに早そうな感じするわ」

 うんうん頷き合って、2人の視線が私に向く。

「で、どうなの?」

 う、と言葉が詰まる。こういう時の2人は、事前に打ち合わせでもしてたんじゃないかと思うくらい息の合った連携を見せる。
 長年築き上げてきたコンビネーションはそう簡単に崩せるものでもなく、私1人じゃ到底太刀打ちできそうにもない。言い逃れもできそうになくて、私ははあ、と肩を落とした。

「……最後まではしてないです」

 観念して答えれば、へー、と2人の声が重なった。
 もちろんここで話が終わる訳がなく、「つまり、どこまでやったの?」なんて、更にグイグイ迫ってくる。
 2人の格好の餌食になっている私は、しどろもどろになりながらも、次々に繰り出される卑猥な質問攻めに必死で耐えた。

 仮にも家族連れがたくさん集まるファミレスで、私は一体何の辱めを受けているんだろう。
 こんな話、とてもじゃないけれど他の人には聞かせられない。


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