実家でしちゃうお話。1 『………ごめん』 ──……あ、れ? ここは、どこだろう。 足下が暗いのに、周りの空間は白くぼやけて靄がかかる。 その中に、静かに佇む人影。 それが誰かなんて、私は当に知っている。 ワインレッドに染まった前髪が揺らめいて、合間から覗く瞳は悲しげに私を見つめていた。 『怖がらせるつもりは、なかったんだ』 ……これは、先生の声だ。 そしてこの台詞は、私に向けられたもの。 これは、あの時だ。 1年前、私が先生に想いを打ち明けた時の。 『もう、近づかないから』 先生の口から告げられた拒絶の言葉に、切り裂かれたような痛みが走る。 私に向けられた笑顔は今にも消えてしまうんじゃないかと思うくらい儚くて、この場で彼を繋ぎ止めておかなければ、もう一生、先生は私を見てくれない。そんな気がした。 ──待って、先生、おいていかないで。 そう叫びたかったのに、喉の奥がひきつって声が出てこない。必死に伸ばした手も先生に届くことはなく、虚しく空を切る。 そのまま私に背を向けて、先生は一歩足を踏み出した。 遠ざかっていく。先生が。 離れていく。先生の心が。 教師の彼と、生徒のわたし。 わかり合うことは出来ないと頭ではわかっていても、想う気持ちが止められない。どうしようもない現実が辛くて、胸が痛くて、悲しくて涙が溢れた。 私はこんなにも、先生の事が好きになっていた。泣きじゃくるほどに。 ───目が覚めたら、薄暗い自室の天井が見えた。 電気も点いていない空間は月明かりに淡く照らされて、昼間とは違う雰囲気を醸し出している。霞かかってぼやける視界はこの暗い部屋のせいだけではなく、寝起きのせいでもない。涙で滲んだ瞳のせい。 手の甲でごしごしと拭って、小さく息を吐いた。荒い呼吸を整える。 ……夢、だった。 懐かしい夢を見てしまった。 夢でよかったと、心底、安心する。 というか、体が重い。なに? 「………」 布団の上に視線を向ければ、小さく丸まっている子供が2人、乗っている。まだ幼稚園児の弟達が、すぴすぴ眠っていた。 「……重いよー……」 小声で訴えても起きる気配がない。 2人分の重みが圧し掛かる、窮屈な布団の中から体を捩って抜け出した。 窓を見れば外はもう真っ暗で、時計の針は20時を指している。仕事から帰ってきた後、化粧も落とさずにそのまま部屋で眠ってしまった事を思い出した。疲れてるのかな。 夕飯すら食べていなかった事に気づいた時、タイミングよろしく、きゅうとお腹の虫が鳴る。 うん、おなかすいた。 物音を立てないように、その場から離れる。 静かに部屋の扉を閉めて、1階に降りた。 「おはよう」 「………」 居間に、お父さんと先生がいた。 「あ、莉緒。起きたんだね」 「………うん」 「先生、まだビールありますよ。飲みますか?」 「いや、やめときます。アルコール弱いので」 「普段はなに飲まれます?」 「普段からあまり飲まないんですよ。友人の店に行った時は、ブランデーとか」 「ブランデーですか。結構度数高いですよね」 「そうです。酒弱いくせに、ブランデーとかウイスキーばかり。まあ1杯程度しか飲めないんですけど」 「………」 ……ちょっと仮眠して居間に戻ったら父親と彼氏(しかも高校の先生)がいて、とても楽しそうにお酒を飲んでいるこの現状を、娘の私はどう受け止めたらいいんだろう。 「……莉緒、そんなところに突っ立ってないで、顔洗ってきなさい」 「え、」 「化粧、崩れてるよ」 苦笑しながら、お父さんが言った。 今の私は化粧も落としてないし、顔も洗っていない。髪もほどいたままでグシャグシャ。そんな廃人と化した姿を、先生に見られるなんて。後悔もそのままに、私は慌てて洗面所に駆け込んだ。 急いで歯を磨いた後、両手で水を掬って顔を洗う。蛇口を捻って流れを止めてから、手元に置いてあるタオルを引き寄せた。 肌に残る水滴を拭いていた時、ふと感じた、背後の気配。振り向く直前、膝かっくんされた。 「うぎゃ!?」 「変な声」 「せ、先生」 落としかけたタオルを慌てて握り締めて背後を振り返れば、してやったり、な顔つきで先生は私を見下ろしていた。ちょっぴり意地悪そうに笑う表情に、胸の鼓動は甘く跳ねる。 普段は優しい先生だけど、たまに、こんなお茶目な部分が顔を覗かせる。整った顔立ちが少しだけ崩れて、悪戯を仕掛けて楽しんでいるような、子供っぽい姿に胸がときめく。 そんな無邪気な素の先生も、すごく好きでたまらなくて。 「……あ」 ある事に気づいて、私は体を回転させた。 急に背を向けた私の態度に、後ろから訝しげな視線が突き刺さる。 「なに」 「見ないで、ください」 「なんで?」 「す、すっぴんだから」 「今更。高校生の時は、ずっと素っぴんだった」 「そうだけど、あの頃とはまた違うんですっ」 「素っぴんでも可愛いのに」 平然と言われて、むっとなってしまう。 今まで化粧なんてした事がなくて、オシャレにも無頓着だった。だから、雑誌とかネットを見て勉強した。もうすぐ社会人になるんだし、卒業したら私は、先生の彼女になるんだから。 ただでさえ先生はすごく、すっごくイケメンさんで、特に美人でも可愛くもない地味な私じゃ、彼の隣に並んだところで全然釣り合わない。見劣りしてしまう。 だからせめて、見た目に気を遣いたい。メイクも頑張ってやってみようって思った。カラコンもつけて、ピアスも開けてみた。可愛くなろうとしている努力は認められたい。 そう思うのに、男の人にはわからない心理、なのかな。 「……香坂」 「……っ」 背後から近づいてきた先生の両手が、洗面台の縁についた。 私は後ろ向きのまま、先生と洗面台の間にすっぽり収まっているような状態。身動きひとつできない。 耳元に、彼の低音が落ちる。 「こっち向いて」 「……やだ」 「顔見たい」 「……でも」 繰り返される甘い囁きに、心が屈しそうになる。 背後から伸びてきた先生の手が、私が胸元で握りしめていたタオルを抜き取った。 両手首を掴まれて、何故か背中に回される。 そして、あろうことか先生は─── 「……え、」 後ろ手でぎゅ、と縛り上げた。タオルで。 「先生……?」 「香坂が言うこと聞いてくれないからね」 先生の指先が、私の髪を耳にかける。 露になった耳元に唇を寄せて、彼は甘くも恐ろしい一言を囁いた。 「先生からの、お仕置きです」 …………Sスイッチ入っちゃった。 ・・・ 「あっ、やだ……ん、」 おかしい。 何で、こんな事になっちゃったんだろう。 「……感じてるんだ。可愛い」 「……っ」 耳朶に触れていた指が離れて、ちゅ、と甘やかな熱が落ちる。そのまま舌を差し込まれて、ぴちゃりと濡れた音が鼓膜の奥に響いた。 肉厚な感触が、耳のあらゆる場所をねっとり舐め尽くす。身震いする程の強い刺激に晒されて、腰が砕けそうになる。 「あっ、も、やだ……耳やだ……」 「ダメ。お仕置きだからね」 後ろ手で縛られたまま、私は洗面台に前屈みになっている。さっきから先生のされるがままに弄ばれていた。 先生の手がゆっくり、スカートをたくしあげる。太ももの裏側をするりと撫でられて、くすぐったい感覚に鳥肌がたつと同時に下腹部が疼き始める。私の意思に反して、身体は期待に震えてた。 逃げることも抵抗することも出来ない状態なのに、追い詰められたこの状況に高揚感を覚えている自分がいる。 もっと触って、気持ちよくしてほしい。 こんなの、変だ。 おかしい。 先生にこんな事されて、嬉しい、なんて。 これじゃあ私、本当に、えっちな子みたいだ。 そんな自分を認めたくなくて、緩やかに与えられる刺激に流されないように、下唇を噛んで耐える。 止む気配のない愛撫に、必死で拒否の言葉を紡いだ。 「だ、だめ……っ」 「ん?」 「お、お父さん、いるのに」 「いないよ」 「………え」 家族が居間にいる事を盾にしようとしたのに、返ってきたのは意外な返答だった。 「樹さんはお酒のおつまみ買いに行った。30分くらい、戻ってこないんじゃないかな」 「……お母さん、は」 「莉子さんは雑誌の取材で帰ってきてないよ。他の弟くん達も、学校から帰宅してない」 「………」 「今ここにいるのは、香坂と、俺と、香坂の部屋で眠ってるチビっ子2人だけ」 「………」 「だから多少、声だしてもバレないけど、皆いつ帰ってくるかわからない」 つ、と先生の指先が、スカートの下に隠された薄い布地をなぞった。 「だから、声は抑えてね」 静かに告げられたその一言は、甘い痺れとなって私の背筋を駆け巡った。 トップページ |