触れ合うお話。1


 薄暗い寝室。ベッドサイドに取り付けられた小さなランプが、周囲のものを淡く照らしている。
 ライトオレンジに包まれたこの空間は、どことなく、官能的な雰囲気を醸し出していた。
 その寝室に、お姫様だっこのまま連れてこられた私は、静かにベッドに下ろされて、先生にゆっくりと押し倒されて、そのまま…………











 なんて思ってしまったわたし超恥ずかしい。
 乙女の純情返してください。泣きたい。





「……あああの、あの、先生?」
「んー?」

 寝室のベッドに下ろされた後。
 隣り合わせに座った先生に、私はなすがままにされていた。
 と言っても残念ながら(?)、セクシャルな展開が待ち構えていた訳ではなくて。
 肩に抱き寄せられて、頭をなでなでされたり、髪をくしゃくしゃされたり、ほっぺをサワサワむにむにされたり、過剰なまでのスキンシップを施されている。


 ……な、な、なにこれ。(汗)


 ムードも何もない雰囲気に、ちょっとだけ気落ちする。変に期待してしまった自分が恥ずかしい。
 そんな私の心情などつゆ知らず、寝室に連れ込んだご本人様は上機嫌なまま、ぴったりと横に張り付いている。
 笑顔のオーラが半端ないのです。
 私の前ではいつもニコニコしてるけど、今のニコニコっぷりは、普段のニコニコよりも数百倍、輝いている。

 何があったの先生。

「先生、怒ってないの?」
「なんで?」

 一向に離れない彼を、べりっと引き剥がす。
 顔を見合わせると、こて、と不思議そうに首を傾げていた。

「黙って先生のシャツ着ちゃったの」
「似合ってるよ」
「え」
「でもちょっと無防備すぎかな?」
「?」
「透けてる」

 ぴと。先生の人差し指が、シャツ越しに私の鎖骨に触れる。
 反射的に、その指の先を目で追った。

「……っ!?」

 この薄暗さでも、『それ』は光の加減ではっきりと、その存在を浮かび上がらせていた。
 羞恥で顔に熱が上がる。つまり今の今まで私は、ブラが透けていた事に気付きもせず、呑気に先生と向かい合っていたんだ。そして、先生はこの事に気づいていたにも関わらず、ずっと黙視していたという事。
 咄嗟に枕を掴み、前を隠すように胸に抱き込んだ。

「先生のばか! えっち!」
「せっかく教えてあげたのに。なんで怒られるかな」
「どうしてすぐ教えてくれないんですか!」
「好きな子が、自分のシャツを着ている上にブラも透けてるとか、役得過ぎて教える気にもなりませんでした」
「い、今教えてくれたじゃないですか」
「とりあえずベッドに連れ込むのは成功したから、もういいやって」
「適当!!」

 あんまりな主張に、たまらず声を張り上げる。無防備だと注意されるのであれば納得できるものの、まさか喜ばれるなんて思ってもいなかった。
 そして無防備な自分は、そんなあられもない格好をしている事に気づきもせず、まんまと先生の思惑にはまってしまった。
 これがもし、先生じゃなくて別の人だったらと想像するだけでゾッとする。それでも、先生でよかったとも思えなかった。

 身の危険を感じてベッドから離れようと思っても、その直前に腕を掴まれてしまったら、もうダメだった。両腕の中に閉じ込められたら、今の私には拒むことなんてできない。大人しくならざるを得なくて、さっきまで荒ぶっていた感情は悲しいくらいにあっさりと吹き飛んでしまった。
 そればかりか、先生の体温と匂いに包まれて、安心感すら抱く。抵抗することさえ無駄に思えて、広い胸に頬を擦り寄せた。

「……先生のへんたい」

 それでも、口だけは罵ることを忘れない。
 むすっとしていると、先生の指が私の髪をかきあげた。
 露になった耳に、唇を寄せてくる。
 吐息が触れて、胸がどきどきと鼓動を鳴らす。

「……ほんと可愛い。触れてもいい?」

 トーンを落とした低い囁きが、甘やかな疼きとなって胸に広がっていく。触れたい、そう告げた先生の言葉に、何も言えず身を強張らせる。

 肩に先生の手が触れた。
 トン、と軽く後ろに押されて、バランスを崩した体はあっけなく、毛布の上に転がってしまう。その後を追うように、先生が覆い被さってきた。
 真上から見つめられて、その距離の近さにドキッとする。薄く細められた瞳の奥に、情欲の炎を灯す光を見つけた。

「ふ、触れるって、どのあたりまで」
「……香坂が受け入れられるところまで、かな」

 ベッドに散らばった黒髪の束を、先生の指が丁寧に掬う。指先で絡めてから愛おしそうに、ちゅ、と優しく口づけられた。
 それだけで顔が熱くなる。
 まるで髪に神経が通っているかのように、私は反応してしまう。
 その甘さと熱にあてられて、ぽー……っとしている私の隙をついた先生の手に、抱き締めていた枕を抜き取られた。
 後頭部に手を添えられて、優しく持ち上げられる。合間に枕を差し入れられて、また元の位置に戻された。
 少しだけ楽な体勢に変わる。

「……最後までしちゃうの?」
「さすがにそこまでは出来ないよ」

 その一言に、胸の中にある不安が霧散していく。私が何に怯えているのか、先生は既に察してるみたいだった。
 私だって先生に触れたいし、触れられたいとも思うけど、まだそこまでの覚悟が決まらない。最後まですることに抵抗があった。
 それに私はまだ未成年だから、先生は私に手を出しちゃいけない立場。だから先生は「そこまでしない」じゃなくて、「出来ない」と言ったんだ。

「……あっ」

 こめかみに先生の唇が触れる。小さなリップ音を奏でながら、顔の輪郭を辿ってゆっくりと落ちていく。
 そして、私の唇と重なった。
 ちゅ、ちゅっと啄むようなキスを落とされている間も、先生の指はずっと私の耳たぶを触ってる。ふに、ふに、と揉んだり、きゅうっと軽く引っ張ったり、優しく擦ってきたり。愛撫されているかのように焦らされて、徐々に息が上がっていく。
 キスされながら耳たぶを触られているだけなのに、すごく気持ちいい……頭が、蕩けそう。

「……は、ぁ……せ、んせ」
「……息、乱れてるよ」
「だ……って……ぁ、耳……っ、」
「ほら、口あけて?」

 先生の親指が、ゆっくり唇をなぞっていく。
 逆らえない私は素直に口を開いていて、再び塞がれた唇の隙間から、先生の舌が口内に入り込んできた。
 彼の動きに合わせて、私も必至になって舌を絡ませる。まだ全然慣れてなくて、動きも辿々しくて、息の仕方もやっぱりわからない。
 そのうち、こんな深いキスにも慣れる日が来るのかな。
 ……慣れる予感がしない。

「っん、ん」
「……ふ、一生懸命キスして。かわいいね」
「あ、やだ、顔見ないで……っ、」
「……ん、香坂、ちょっとごめんね」
「ふえ」

 先生が一度身を起こして、私の腕を引く。
 上半身だけ起こされて、先生と向かい合う形になった。

 そこで気づいた。
 なんか、胸の前がすうすうする。
 視線を下に向けて、私はピタリと固まった。

 シャツのボタンがいつのまにか外されていて、ブラが透け透けどころか、フルオープンになっている。私がキスに夢中になっている間に、本人にも気付かれずにボタンを外すという手腕を、先生は見事に成し遂げていたみたいだ。
 呆けていた思考がフル回転して、私は大いに慌てまくる。恥ずかしさが一気にぶり返して、胸を隠したい衝動に駆られた。なのに体を引き寄せられてギュッとされたら隠すことも出来ない。

「煩わしいから、これ脱いじゃおうね」

 私の返事を待つまでもなく、先生の手がシャツをするする脱がしていく。そして背中に手を這わせた後、ぶちん、と金具の外れる音が聞こえた。途端に、胸の締め付けが緩くなる。
 ブラのホックって片手で外せるものなんだ……とそこで初めて知った私。その間も先生の手は動いていて、ぱらりとブラを取っ払われてしまう。スカートを残したまま裸にされて、外気に晒された肌がひやりとした。
 私はといえば先生の胸に顔を埋めたままで、ぴったりと寄り添ったまま動けないでいる。
 動けるはずがなかった。
 だって今離れたら、先生に胸見られちゃう。

 恥ずかしい。
 恥ずかしすぎて、気がおかしくなりそう。



 先生の前で素肌を晒すのは、これが初めて―――じゃない。
 実はこれで2度目。
 けど、"あの時"は服を脱がされなかった。

 ……どうしよう。最後までしないとはいえ、やっぱりえっちなこと、いっぱいされるのかな。
 緊張と期待と不安と、僅かばかりの恐怖で小さく震えだした私の肩に、ちゅ、と先生の唇が触れた。
 それだけ。
 ただそれだけで、震えは簡単に止まった。

「……大丈夫」

 優しい声が頭上から降り注ぐ。
 泣いてる子供をあやすように、頭と背中を撫でられる。
 温かな感情が、胸の奥に浸透していくのがわかった。

「香坂、大丈夫だから」
「……先生」
「ゆっくり、慣れていこうね」

 静かに頷いた私にくれた先生のキスは、かつての思い出に残るキスと同じくらい、優しかった。

mae表紙tugi

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