付き合うって、なに?2


 卯月さんが言う『付き合っている』発言は、男女のお付き合いって意味だ。夕飯を付き合っている、なんて意味じゃない。それぐらいはわかる。

 私、知らない間に卯月さんと付き合ってたの?

 いや、そんな筈はない。
 そりゃ、最近はよく一緒にいるし、休みの日は2人で出掛けたりもするし(海鮮市場とかスーパーとか)そのまま寝泊まりすることもあるけど、今まで「好き」も「付き合おう」も言われたことはない。
 私から言ったこともないし、そんな意思もなかったし、そもそも互いに恋愛感情は持っていない。
 だから私達は付き合っていない、はずだ。結論。

 でも、卯月さんは納得していない様子。

「………ちょ、待て」

 私としては、早く食べかけのコーヒーゼリーを完食して、部屋を出たいんだけどな。
 「待て」と言われたから、一応待ってみる。

「……結構な時間、一緒にいただろ」
「そうですね」

 ご飯食べに来てただけだけど。

「デートもしただろ」
「あれってデートだったの?」

 食材の荷物持ちだと思ってた。

「……合鍵も渡した」
「勝手に入っていいって言われたから」
「寝泊まりもしてるだろ」
「いつも快適な寝床をありがとうございます」
「…………」

 卯月さんの部屋に寝泊まりする時は、彼が寝ているベッドを使わせてもらってる。対して卯月さんは、床かソファーで眠ることが多い。
 お邪魔してるのは私だし、私がソファーか床で寝るべきなのに、卯月さんが頑なに却下するから、彼の言葉に甘えさせてもらってる。

「………部屋にも行った」
「くまちゃんの遊び相手としてね」

 お陰でくまちゃんは、卯月さんを友達だと思ってる。

「……俺は彼氏のつもりで行った」
「えー」

 初めて聞いた話です。

「………もう一度聞くけど」
「はい」
「俺達、付き合ってるよな?」
「付き合ってないです」
「…………」

 口を開いたまま、私を見つめる卯月さん。
 その表情はみるみるうちに険しくなって、

「なんだそれ………」

 と、肩を落としてうなだれてしまった。

 私達の噛み合わない会話は、どうやら卯月さんの思い違いが原因だったみたいだ。
 誤解が解けたみたいでよかった。
 だって私は、まだまだ遊び足りない。
 いきなり彼氏が出来ても困るもん。

「えっと、そういう事なので」
「…………」
「これ食べたら帰りますね」

 さりげなくゼリーを奪い取って、最後の一口を掬って味わう。
 早くタケくんに連絡取らないと。タケくんは私以外にもセフレがいるから、他の女の子と遊びに行っちゃうかもしれない。他の人でもいいんだけど、身体の相性はタケくんが一番なんだよね。

 そんな事を考えながら、ごちそうさま、と両手を合わせる。
 空になった器をキッチンへ運ぼうとしたら、すれ違い様に捕まった。
 卯月さんの手が私の手首を、ぎゅ、と握る。

「卯月さん?」
「だめだ」
「え」
「行かせない」
「でも、これ洗わないと」
「キッチンに、じゃない。男の元に行かせないって言ってる」

 はた、と瞬きを落とす。
 冗談でも何でもなく、卯月さんの目は真剣だった。
 でも、私だって譲れないわけで。

「卯月さん」
「んだよ」
「離して」
「やだね」
「うー、ワガママですか」
「わかった抱いてやる」

 空耳かと思った。

 それは、ずっと待ち望んでいた言葉。
 あまりにも突然すぎて、思考が追い付かない。
 目を見開きながら呆然と立ち尽くす私に、卯月さんがもう一度、誘いを促す。

「抱かれたかったんだろ、俺に」

 その一言で我に返った私は、弾かれるように卯月さんの前に体を滑り込ませた。
 ゼリーの器を一旦テーブルの上に置く。
 その場にしゃがんで、彼に身を乗り出した。
 顔の距離が近いとか、そんな事は一切頭に入ってこない。

「ほ、ほ、ほんとにっ!?」
「ああ」

 聞き間違いじゃない。
 幻聴でも何でもなく、確かに彼は頷いた。
 全身に喜びが満ちていく。

 抱くって!
 抱いてくれるって言った!
 嬉しくて嬉しくてたまらない。
 ずっと、ずっとこの日のために頑張ってきたんだ。
 食事改善に彼好みの体型作り、卯月さんの都合にとことん合わせて、彼のマンションにも足繁く通った。今まで教えてもらった料理も、ノートに書き残して全部覚えた。
 私は手が不器用だから料理も上手く出来なくて、だから家に帰ってからも、何度も作り直した。それなりに上達した方だと思う。

 苦手な料理を頑張れたのは、卯月さんに好かれたかったから。
 褒められたかったから。
 いつか彼に抱いてもらえた時に、「抱く価値のある女だった」って、そう思ってもらいたかったから。

 その努力が、やっと今日実るんだ。
 これが嬉しくないはずがない。
 私に尻尾がついていたら、きっとはちきれんばかりにぶんぶん振っていることだろう。

 でも私のこの喜びようは、次に彼が発した言葉で大人しくなる。

「……お前、俺が言ったこと、本当にわかってんのか」

 すっかり浮かれている私とは裏腹に、卯月さんの機嫌は最悪だった。
 顔がこわい。
 どうしてそんなに怒っているのか、そしてその発言の意味もわからなくて、二重の意味で混乱する。

「卯月さ、ん……っ!?」

 私が彼の名前を呼ぶのと、肩を掴まれたのはほぼ同時だった。

 体の重心が後ろに傾く。
 目の前で視界が巡る。
 反射的に閉じてしまった瞳を開いた時には、フローリングの床に押し倒された後だった。
 卯月さんの体が、重く圧し掛かる。

「……奈々」

 私に跨がっている彼を凝視する。
 鋭い視線が上から刺さって、体が硬直した。
 抱いてやる、そう宣言されたのだから、今のこの事態は、むしろ私が望んでいた結果の筈なのに。
 不穏な空気を察知した胸が、ざわざわと騒ぎだす。

「……お前に抱いてって言われたから、抱くわけじゃない」
「え……」

 卯月さんの顔が切なげに歪む。
 なんで、そんなに苦しそうなんだろう。

「俺、言ったよな」
「……何を?」
「好きな女じゃないと抱けないし、抱かないって」
「………」
「そういう事だから」

 落ちた声はとても静かで。
 紡がれた言葉は空気に振動して、耳に届く。
 その意味がわからないほど、鈍くはない。

 私、今、告白されてる。
 卯月さんから、愛の告白を受けてる。
 衝撃すぎて、何も言葉が出てこない。
 冷たいフローリングの上に押し倒されたまま、私はただ彼を見つめていた。

 1秒1秒が、とてつもなく長く感じる。
 何か言わなきゃ、気が焦れば焦るだけ、何を言ったらいいのかわからなくなる。
 沈黙が重い。
 何も言わない私に焦れたのか、卯月さんの顔が一気に間を詰めてきた。

「……っん、」

 ぱち、と瞬きを繰り返す。
 目の前にある、卯月さんの睫。
 唇に押し付けられた熱はどことなく、切羽詰まった意思を感じさせた。

 角度を変えながら、何度も唇が塞がれる。
 体から力が抜けて、彼の首に腕を回した。
 卯月さんの唇が徐々に下へと滑り、肌を吸われて赤く色づく。
 首筋に吐息が掛かり、その熱さに身体が疼く。

「っあ、卯月さん……っ」

 期待感で胸が震える。
 頭の中が、彼に抱かれる事でいっぱいになる。
 もっと触れてほしくて、私は甘い声でねだった。

「あのね、シたいの。いっぱいシたい」
「……してやるよ。足腰立たなくなるまで」

 不穏な言葉で制して、卯月さんが身を起こす。
 頼もしい両腕に抱えられて、ふわっと体が浮いた。

 落ちないように、彼の首にしがみつく。
 姫抱っこされたまま、寝室に運ばれた。
 ベッドの上に寝かされて、卯月さんはすぐさま、私の上に覆い被さってくる。
 交わす言葉は何もない。
 一瞬目が合っただけで、彼はすぐ唇を塞いできたから。

 激しいセックスが好きな私だけど、卯月さんはどういうセックスをしてくれるんだろう。
 そんなことを想像しただけで、下腹部が疼く。
 さっきのキスは、思いのほか優しかったように感じる。肌を這う手も唇も、割れ物を扱うかのように、慎重に、ゆっくりと触れていた。

 彼は案外、そういうセックスが好きなのかもしれない。夢中で求めるような激しいものではなく、むしろ、肌の触れ合いをじっくり堪能するようなスローセックス。
 自分の趣向とは違うけど、今は何でもいい。
 優しい愛撫に胸を高鳴らせながら、私はもう一度、彼の首に両腕を回した。




















 その後わたしはめちゃくちゃにされた。
 すごかった。

表紙

トップページ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -