付き合うって、なに?1


 毎月訪れる、女子特有の憂鬱な期間。
 生理が昨日、終わった。

「………えっちしたい」

 つまり私の、性欲が増している。



 女がセックスしたくなる時期って大体決まっていて、生理前とか最中が統計学的に多いらしい。
 でも私は、生理後が一番性欲が強い。
 排卵時期になると膣内が弱アルカリ性になって、それが刺激になってムラムラしてしまうのが原因だとか聞いたことがあるけれど、医学的な話はよくわからない。

 とにかく、セックスしたい。
 野性的なやつ。
 それだけが頭の中を占めていた。

「? なんか言ったか」
「……いいえ」

 夜20時。
 例のごとく、卯月さんの部屋でのんびりしている私。もちろん、いつもの夕食会だ。
 でも私の精神状態は全然のんびりしていない。

 禁欲生活も7ヶ月目に突入して、さすがに色々しんどくなってきた。
 時期的なものもあるかもしれないけど、もう身体が疼いて仕方ないのだ。

「なあ、今日泊まってく?」
「うーん……考え中」
「ふうん」

 私の禁断症状に気付くこともなく、卯月さんはさっさとキッチンへ戻ってしまう。
 きっと、食後のデザートでも用意してくれるんだろう。いつもそうだから。
 ほんと、お母さんみたい。



 最初の頃は、こんなに長い付き合いになるなんて思っていなかった。
 彼自身もそう思ってると思う。
 今ではすっかり、彼に気を許してしまっている自分がいる。

 最近は彼の元に頻繁に訪れているし、卯月さんも私の部屋に来てくれるようになった。たまに、くまちゃんに会いに来てくれる。
 週に2回程度だった夕食会も、4、5回に増えた。時々、彼の部屋に泊まることも増えた。
 「泊まってけば」って、いつからかそう誘われるようになってからは、その言葉に甘えて、ここで一夜を過ごす事もある。

 でも、だからって何かがある訳じゃない。

 卯月さんは相変わらず、私を抱いてくれない。
 そんな素振りも見せない。
 それとなくアプローチしてみても、さらりと交わされてしまう。

 元カノと別れて半年以上、そろそろ卯月さんに新しい恋人が出来てもおかしくない。
 勿論彼にそんな対象ができたら、私はもう卯月さんとは会わない。というか、会えない。
 でも今のところ、そんな新恋人の影はない。
 新しい彼女が出来てしまう前に、一度だけでいいから彼に抱かれたいと思っていたけれど。

 ……その意地は、そろそろ崩れかけている。

「……もう諦めようかな」

 テーブルに突っ伏したまま弱音を吐く。
 半年以上一緒にいても、卯月さんの部屋に泊まっても、彼にとって私は性の対象にはならないらしい。

 栄養バランス良すぎなご飯を頂いているお陰か、私の体はいい感じに肉がついてきたような気がする。と言っても体重管理はしっかりしているし、太ってはいない。
 でも、卯月さんは私に触ろうとしてくれない。
 中身も含めて女を磨け、なんて言ってたけど、中身なんて早々変われるはずがない。
 子供扱いされることも多いし、卯月さんにとっては成人迎えたばかりの大学生なんて、全く眼中にないんだろう。邪な感情すら沸き起こらないほどに。
 もう、何やってもダメな気がしてきた。

 卯月さんと一緒にいる時間が好き。
 彼の前では、自然体でいられる自分がいる。だから、すごく気が楽で居心地がいい。一緒にご飯を食べられる日は朝からウキウキだ。

 でも、そこには少なからず下心もあって。

 今日こそ抱いてくれるかも、なんて淡い期待を抱きつつ彼と会って、そして結局何も起こらず、落胆する日々。
 その毎日に、少し疲れてしまった。
 もう抱く抱かない関係なく、普通に会えばいいんじゃないかとも思うんだけど、それまで色々手を尽くしてきたこの半年間は何だったんだろうと落ち込んでしまう。
 一度でいいから抱かれてみたい、その一心で、今日まで頑張ってきたのだから。
 そして、それは卯月さんだって気づいているはずだ。

 耳を澄ませば、遠くから物音が聞こえてくる。
 リビングの端っこには、私の荷物。
 いつ泊まってもいいように、着替えをいくつか置かせてもらっている。

「……今日は帰ろうかな」

 泊まってしまったら、私は今夜、卯月さんを襲ってしまうかもしれない。
 とにかく今は、持て余しているこの性欲を発散しなければヤバイ。卯月さんの件は、また今度考えよう。

 そう決断した私は、早速スマホを取り出した。
 電話帳からタケくんの番号を探していたとき、コト、とテーブルに音が弾く。
 顔を上げれば、そこには大好物のコーヒーゼリー。ちょこんと生クリームを乗せたそれは、ぷるぷるとした感触を震わせている。
 食べ終わってからタケくんに連絡しようと、一旦スマホを床に置く。

「いただきまーす」

 一緒に差し出されたスプーンを受け取って、一口掬って口に運ぶ。ほろ苦い味わいと生クリームのバランスが絶妙すぎて、思わず頬が緩んでしまう。

 ふと顔を上げれば、卯月さんと目が合った。
 彼は頬杖をつきながら、私を見ている。
 ゼリーは私の分しか用意していなかったみたいだ。

「奈々」
「うん?」
「今日、泊まる?」
「ううん、帰る」
「帰んの?」
「うん」
「ふーん。じゃあ送るわ」
「あ、いいよいいよ。このまま出掛けるから」

 ぱくぱくと、ゼリーを口の中に放り込む。
 おいしい。
 長かった禁欲生活から解放される喜びも勝って、沈んでいた気分も一転、ふわふわと舞い上がる。

「出掛ける? こんな時間に、どこに?」

 卯月さんの低い声が聞こえた。

「歓楽街」
「……は? なんで」
「遊びに」
「……ひとりで?」
「男友達と」
「………」

 コーヒーゼリーが残り僅かになった頃、突然目の前からゼリーが消えた。
 卯月さんの手が、私から器を引き離したからだ。
 取り返そうと手を伸ばしても、更に遠くへと避けてしまう。

「何すんの」
「お前こそなにしてる」
「ゼリーを食べてます」
「そっちじゃなくて」
「む?」
「俺以外の男と会うなよ」
「え……」

 こて、と首を傾げる。
 私が誰と会おうが、私の勝手なのでは。

「奈々の言う男友達って、いかがわしい友達の事だろ」
「そうですね」
「まだ男遊びしてんのかよ」

 途端に空気が氷点下になる。
 何の前触れもなく不機嫌になっちゃった卯月さんに、私は困惑した。

 なんで、今更そんなことを言うんだろう?

 私がそういう女だって、卯月さんは知っているはずだ。知っていても、やめろなんて今まで言わなかった。馬鹿にしたり、軽蔑したりもしなかった。
 私のしていることを全部、受け入れられていた訳じゃないけれど、一方的に責めたりなんてしなかったから私は安心してたのに。
 どうして今になって咎められるのかわからない。

「なんで怒ってるんですか」

 つい、私の語尾まで荒くなる。

「そら怒るわ」
「だからなんで!」
「付き合ってる彼女が浮気してたら普通怒るだろ」

 その発言に、目をぱちくりさせる。
 今、とっても聞き捨てならない一言を言われた。

「付き合ってる彼女………って、誰?」
「…………はあ?」

 素噸狂な声を上げたのは卯月さんだ。

「誰って……お前だろ」
「え……付き合ってないですよ?」
「…………は?」
「え?」

 は? とか言われても困る。
 むしろ私の方が、「?」だ。

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