彼と彼女のクリスマス。1


「それでねそれでね!!」

「卯月さんから『尊敬する』って言われたの!!」

「『いつもありがとう』って言われたの!!」

「ありがとうはいつも私の方なのにね!!」

「あとねあとね!!」

「『愛してる』って初めて言われた!!」

「愛してるって!!! きゃー!!!!!」






「奈々ちゃん、今日も盛大にキャラ崩壊してるね」

「そう!?」

 タケくんが可笑しそうに肩を震わせている。
 私の浮かれっぷりが、彼の笑いのツボらしい。
 恋をすると女の子は変わるんだよ! なんて力説したくても、ここは店の中。周りには私達以外にも客が居て、騒ぎすぎれば他の人達に迷惑だ。ちょっとテンションを上げすぎたと反省した私は、大人しく口にチャックをした。

 ホワイトクリスマスを迎えた24日。
 大学近くの喫茶店に、私はタケくんをランチに誘った。
 殆どの男友達とは縁を切ってしまったけれど、タケくんとは今でも仲が良くて、たまにご飯に誘ったりして近況を語り合ったりしてる。勿論、夜に誘ったりはしていない。
 話の内容の殆どが、卯月さんの惚け話(当然)。
 毎度暴走しがちな私を、タケくんはニコニコしながら耳を傾けてくれる。時には相談事に乗ってくれてアドバイスもくれる、頼もしい友人だ。

 とはいえ、不安な部分も少しあった。

 彼氏とのノロケを永遠と話す女って、男友達からはどう映るんだろう。ウザく感じてないのかな? って、時々思ったりもする。
 話してるこっちは楽しいけれど、聞き手側のタケくんは面倒臭く思っていないのかな、しんどくなってないかな、そう思って。でも。

「奈々ちゃんの暴走っぷりが見てて面白いからね。飽きるまでは聞くよ」

 なんて言ってくれるから、その優しさに甘えて惚け散らかしているワタシがいる。どんな関係に変わっても、縁が途切れない友達がいるっていいね。

 ただ、『元セフレ達とは縁を切った』と卯月さんに伝えているのに、実際のところはタケくんとだけ、未だに繋がっているということに後ろめたさがある。
 もう怪しまれるような関係じゃないし、卯月さんに、タケくんの事を正直に伝えた方がいいのかな? と、ちょっと頭を悩ませている最近だ。

 手元のカップに視線を落とし、ミルクを投入。コーヒースプーンでかき回せば、優しい色合いに染まった。
 甘党の卯月さんに影響されたのか、最近の私も甘いコーヒーばかり口にしてる。

「ところで奈々ちゃん。ずっと不思議に思ってることがあるんだけど」

「なあに?」

「まだ、"さん付け"してるの?」

「ふえ?」

 首を傾げる私に、タケくんは笑いながら肩をすくめた。

「名前。そろそろ呼んであげたら?」

「……名前?」

「うん。だって、付き合ってるのに"さん付け"って、やっぱり変だよ。距離感あるし、彼氏さんも口に出さないだけで、そう思ってるんじゃないかな」

「え、え……そうかな」

 ちょっと狼狽えてしまったのは、私も同じように考えたことがあるからだ。呼び方に関しては、自分の中でもどうなの? と思う部分はあった。
 でも、"卯月さん"呼びが定着してしまった今、下の名前で呼ぶことに恥じらいがある。何かキッカケとか、タイミング的なものがあれば呼べなくはないけど、卯月さんが何も言及してこないこともあって、その問題を後回しにしていた。
 表情を曇らせた私に、タケくんはニッコリ笑う。

「名前で呼んであげたら、きっと喜ぶよ」

「そういうもの?」

「すごく、そういうもの」

 妙に可愛らしい受け答えをされた。

「特別扱いされて嬉しいのは、男も女も同じだよ」



 ────────────

 ───────



「……名前かあ……」

 お玉を持ったまま、ぽつりと呟く。
 ランチの時に言われたタケくんの言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。

 その日の夜は自分の部屋で、卯月さんの帰宅待ち。『部屋に寄るから』ってLINEがあったから、夕飯を作りながら彼の到着を待機中。クリスマスは会えないと思ってたから、飛び上がるほど嬉しかったよね。

 今日はチキンとサラダだけで済ませる予定だったけど、卯月さんが来るってわかってから急遽変更。白菜と鶏つみれの煮物に、しらたきや椎茸も入れて鍋っぽい感じに仕上げてみた。あとは、簡単に作れる副菜も2つくらい用意した。栄養配分もちゃんと考えてるつもり。

 卯月さんの指導のお陰もあって、最近は料理が趣味だと胸張って言えるくらい、何でも作れるようになった。
 料理本を見れば作りたくなるし、カフェで美味しいものを食べれば真似してみたくなるし、ネットで人気の料理ブログまでチェックする程になった。今日のメニューも、その人気ブログの主婦さんが載せていた料理を参考にしたんだよ。

 クリスマスなのに、全然クリスマス感がない夕飯になってしまったけど、多忙でお疲れだろう卯月さんに、暖かいお部屋と栄養満点な美味しいご飯を用意してあげたい。
 チキンやサラダなんかじゃ全然ダメ。
 私の作った料理で、日々の疲れを癒せてあげられたら。そう思えるほどに、自分の中で料理という概念が変わってしまった。

 私にとっての料理って、「男に好かれる身体を作るため」「卯月さんに好かれる為」、あくまでも自分の為にあるものだった。
 でも今は、「卯月さんに喜んでほしい」「いっぱい食べて元気になってほしい」、その為のものに変わっている。
 苦手だったはずの料理も、卯月さんが喜んでくれるなら全然苦にならないし、むしろもっと頑張れる気になる。本当に恋の力は絶大だ。

「卯月さん喜んでくれるといいね、くまちゃん」

「わうっ」

 私に同意するようにくまちゃんが吠える。ミニサンタの帽子を被り、セーターも可愛いサンタ服でオシャレに決めているくまちゃんは今日も可愛い。えさ皿のデザインも、明後日まではクリスマス仕様だ。
 くまちゃんお気に入りのドックフードを手に取って、可愛い絵柄のお皿にざかざかと入れていく。
 くまちゃんも嬉しそうに寄ってきて、ちっちゃいお鼻を近づけてくんくんしてる。

「くまちゃん、待て」

 そう制すれば、くまちゃんはぴたりと動きを止めた。たべちゃだめなの? そう言いたそうな瞳を私に向けている。

「くまちゃん、「待て」だよ。待て。まだ食べちゃだーめ」

「クゥン」

「はい、お手」

 私の命令に、くまちゃんが抵抗することはない。前足をぽて、と手のひらにおいて、「お手」と「おかわり」を次々に披露する。
 前回、愛犬からまさかの裏切り(?)を受けた私は、誰が自分の主なのかをくまちゃんに再教育しなければならないと判断した。
 くまちゃんは私の大事な家族だけど、忠誠を誓うのは誰であるべきかを認識させなくてはしつけにならない。甘えさせてはいけないのだ。
 飼い主は卯月さんじゃなくて私だと、ちゃんと認識させなきゃ。

「よし、いいよ」

 私からのお許しが出たくまちゃんは、やっと目の前のご馳走にありつけた。しっぽを盛んに振りながらご飯を頬張る姿はこの上なく愛らしい。
 ちょうど煮物の方も完成して、IHのスイッチを切る。あとは卯月さんの帰りを待つだけだ。

 リビングに戻って、ソファーにごろんと寝転がる。
 テレビに目を向ければ、【クリスマスデートスポット特集】とテロップが流れ始め、共演者達が派手に盛り上がっていた。

「……クリスマスデートか……」

 してみたかった、な。
 それが本音。
 でも卯月さんには言えない。そんなワガママ言えない。忙しい時間を割いて会いに来てくれる人に、「デートしたい」なんて言えるわけがない。我慢しなきゃ。

 テレビのリモコンを手にとって、電源を切った後にテーブルに置く。そして、一緒に置いてあった紙切れに手を伸ばした。

 カードサイズ並の紙をまじまじと眺めてみる。
 それは8ヶ月前に貰った、卯月さんの名刺。
 彼の名前と会社名、役職、電話番号。そして裏面には手書きの住所。初めて出会った日に貰った、あの時の状態のままだ。

「……名前で読んだ方がいいのかな」

 以前にも「下の名前で呼んでいい」と本人から言われたことがあった。ちょうど卯月さんが、私のことを名前で呼ぶようになった頃の話だ。
 あの時はまだ恋人じゃなかったし、何より、年上の人に向かって名前で呼ぶ勇気がなかったから呼べなかった。
 でも今は違う。名前で呼び合うことができる立場になったんだ。

「…………きょ、」

 本人がこの場にいないことをいい事に呼んでみる。
 ご飯を食べ終えたらしいくまちゃんが、いつの間にか傍に駆け寄ってきて私を覗き込んでいた。

「………きょう………………恭一………」

 呟いた瞬間、心拍数が上昇する。
 全身に火がついたように熱くなった。

「なんてねなんてねなんてねなんてねなんてね!!!!!! 無理無理無理ぜったい言えないよおおおおぉぉくまちゃんんんんっ」

 頭の中は既にショート寸前。
 感情が爆発しそう。
 勢いよく起き上がり、きゃあきゃあ言いながらくまちゃんを抱き締めた。
 腕の中で「ぐえっ」と蛙が潰れたような鳴き声が聞こえたのは、きっと気のせいということにしておこう。

 ───ピンポーン

「あっ! 来た!!」

 勢いよくソファーから転がり落ちて、くまちゃんを解放する。急いで玄関へ駆け寄って、チェーンロックを外した。
 時間は既に22時を回っている。
 こんな時間まで働き詰めだったなら、さぞやお疲れモードのはずだ。

「ただいま、」

「おかえり!!!!!」

「元気だな(笑)」

 コートについた雪を軽く払いながら、卯月さんが苦笑する。足元ではくまちゃんが、嬉しそうにぴょこぴょこ元気よく跳ねていた。
 その度に小さく揺れる、サンタのミニ帽子。

「何だこれ。奈々に買ってもらったのか?」

「わうっ」

「へえ。よかったなくま。似合ってるじゃん」

 卯月さんに褒められてくまちゃんも嬉しそう。しっぽをぶんぶん振って、喜びようを露にしている。
 そんなくまちゃんを見つめる卯月さんの瞳は、いつも優しい。

「卯月さん、それ何?」

 彼の手には、サイズの違う紙箱が入ったビニール袋が3つ握られている。
 首を傾げた私に、卯月さんは袋を差し向けてきた。

「これ、プレゼント」

「……え」

「あとケーキ」

「え!?」

「こっちは、くま用のケーキ」

「えええ!?」

「なんだよ」

 驚いて固まっている私に、卯月さんは訝しげな表情を浮かべている。だって、ケーキもプレゼントも用意しているなんて一言も聞いてない。驚くのも仕方なかった。
 しかも、くまちゃんの分まで買ってきてくれたなんて。

「えええ、買ってきてくれるなんて思ってなかったよ。ありがとうううう」

「俺がサプライズしたかっただけだから気にすんな」

「ふえええイケメンんんん」

 なんて悶えながら、内心焦りまくる私。

 やばい。
 プレゼント、何も用意してない。

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