一緒にお風呂! 「ばばんっばばんばんばん! あびばびばびば!」 「………」 「ばばんっばばんばんばん! はぁ〜あびばびば!」 「………」 「い〜い湯だっな! あははん!」 「……………………、奈々」 「なあに?」 「もう少し歌のチョイスどうにかならなかったのか」 ちゃぷん、と波が揺れる。 湯船に浸かったまま、卯月さんが不満を漏らした。 「お風呂で歌う曲といったら、やっぱりコレじゃないですか」 「ドリフじゃねえか」 そんな鋭い突っ込みも、私は鼻唄で回避する。 狭いバスタブの中、私は卯月さんに背を向ける形で彼の両足の間に収まっている。ふわふわの泡に包まれながら、ご機嫌よろしく入浴タイムを満喫中。 お風呂は大好き。 体温並みの湯加減が気持ちいいし、疲れも取れるし、その日の気分に合わせて入浴剤を変えられるのも、楽しみのひとつ。最高の癒し。 しかも今日は、大好きな彼氏も一緒なんだから、気分も舞い上がってしまうというものだ。 最近の入浴剤は、バスソルトも含めてバラエティーに富んでいる。美肌成分がたっぷり配合されているバブルバスなんて、入浴の上で絶対に欠かせない必需品だ。 ただ、今日は卯月さんのマンションにお泊まりで、ここは卯月さんの浴室だから、無香料のものを選んで持ってきた。 そして今日は、もうひとつ持参したものがある。 「あ、卯月さん。あのね、珍しいアヒル見つけたから買っちゃった」 「またかよ。お前な、ここにアヒル何匹浮いてると思ってんだよ。もう風呂じゃなくてアヒルの池みたいになってんだけど」 今日の卯月さんは文句ばっかりだなあと思いつつ、アヒルのくちばしをツンツンつつく。バスタブに浮かぶアヒルの親子(6匹)は、ぶくぶくな泡の障害をものともせず、優雅に波に揺られてる。 バスタイムを楽しむ上で、アヒルちゃんも欠かせないアイテムのひとつだ。 「今日買ってきたアヒルちゃんは、この子達とは違うんですよ。卯月さんもきっと気に入ります」 バスタブの中に隠してたアヒルを、天に掲げてお披露目する。 「超レアヒルちゃん! うんち色!!」 「余計いやだわ」 卯月さんの手が、べしっとレアヒルちゃんをはたく。ぱしゃんと虚しくバスタブの中に落ちた。 「ああっ、隊長が……」 「2度と持ってくんな」 「ええ……」 正直喜んでもらえるとは思ってなかったけど、こっぴどく振られるとも思っていなかった。 黄色以外のアヒルちゃんは貴重なのに。 かくも彼から忌み嫌われたレアヒルちゃんは、愛らしい尻尾を水面に浮かべたまま、ぷっかりと湯に浸かっている。 「……ほっそい腕だな」 レアヒルちゃんを拾おうとした腕が止まる。 手首を捕まれて、引き寄せられた。 卯月さんの方を振り向きたくても、狭いバスタブの中では身動きが取れない。首を動かして、後ろの彼を見上げる。 「そうかな?」 「折れそう」 「折れないよー」 ふふっと笑う。 私なら折られる前に、相手の腕を先に折っちゃうかもしれない。 格闘技なら得意です。 「……ふうん」 なんとなく面白くなさそうな卯月さん。 あれ。なんか受け答え間違えたかな? なんて思っていたら、彼の唇が手首の内側に触れた。 ちゅ、と音を立てられて、どきりとする。 「う、卯月さん」 「ん」 「さすがに、そこに跡はつけないでね?」 下手したらこの人、歯形までつけようとするから怖いです。まるで猛犬。もしくは狂犬。 「どこならいいんだよ」 「み、見えないところなら」 なんて答えてみたけど、あまり意味のない主張に思える。「見えるところはダメ」って何度か訴えているけど、何度も裏切られているから。 卯月さんの噛み癖(?)、何とかしなきゃだなあ。なんて決意を固める私の背後で、彼は何やら考え事をしている様子。私の手首を解放して、お腹に腕を回してきた。 「奈々」 「なに?」 「ちょっと話、あるんだけど」 え。 そんな、改まって話って何だろう。 突然不安に駆られて、緊張が走る。 「わ、別れたくないです」 「あほか。違うわ」 「よ、よよよよかった」 「一緒に住むか」 「ウホッ!?」 「ゴリラか」 ぶはっ、と卯月さんが笑う。 ビックリしすぎて、ゴリラ出ちゃった。 「え! え! 同棲ってこと!?」 「そゆこと。いつも互いのマンションに行き来してるから面倒だろ」 「え、面倒なんて思ったことないよ? え、でも、ええええどうしよう嬉しい」 「そんなに嬉しい?」 意外そうな反応されたけど、私にとってはすごいことだ。 基本、卯月さんと会うのは週末。 どちらかの部屋で過ごして、日曜日には帰る。 平日に会うことも多いけど、卯月さんの会社が忙しい時期は彼にもなかなか会えなくて、1週間以上、日が開くことだってある。 多忙で会えない日が続いても、卯月さんはLINEや電話で連絡をくれるから、彼との繋がりが途切れることはない。 それでも一緒にいられない寂しさは、やっぱり辛いなって思うこともあった。 でも同棲なら、もう寂しい思いはしなくてもいい。 「おかえり」とか、「いってらっしゃい」とか、何気ない挨拶が毎日言える。毎日一緒にご飯を食べられる。 おはようからおやすみまで一緒って、今までの生活では考えられなかったことだ。 「するするする! したい!!」 卯月さんの提案を嬉々として受け入れる私。 背後から、小さく笑う気配を感じた。 「じゃあそのうち、奈々の両親に会わないとな」 「へ?」 「奈々、まだ学生だしな。親から承諾貰った方がいいと思う」 「あ、そっか」 いつも真面目な卯月さんは、私より一歩先のことを考えて行動してくれる。 そうやって、私に安心をくれる頼もしい人。大人の人。 「許してもらえるかな」 「さあな。奈々の両親がどんな人達か、俺は知らないし。まあ今が無理でも、大学卒業後でもいいし」 「な、なんか、自分の両親に彼氏紹介するの、すごく照れるね」 「な。俺も緊張するわ」 「へへ」 卯月さんの言葉に頬が緩んでしまう。 彼と付き合い始めて、まだ日は浅い。 でも出会ってから既に、8ヶ月は経っている。 ホテルからの帰宅途中で偶然目にして、その綺麗な顔立ちに一目で惹かれた。それからは一方的にアタックしまくる毎日。 当初は恋愛感情なんて全くなくて、ただこの人に抱かれたいっていう、なんとも不純な動機だったけれど。 あの出会いが今、ここに繋がっている。 そう考えると、人の縁ってすごく不思議で、素敵だなあと思えてくる。 あの日、卯月さんに出会っていなければ、私はこの感情をずっと知らないままだったんだ。 「卯月さん」 「ん?」 「いつも、色んなこと沢山考えてくれて、色々してくれてありがとう。大好きです」 胸に溢れる万感の想いを口にする。 「俺が勝手にやってることだし。気にすんな」 「うん」 「あと俺も好きだから」 「私が好きって言ったら必ず好きって返事してくれる卯月さん尊い」 「言うなハズい」 あの日、あなたに会えてよかった。 本当に、そう思うよ。 ・・・ 「ところで私と同棲するとなると、もれなくアヒルの隊長ご一行もついてきますが」 「捨てろ」 「えっ」 トップページ |