見られている。そう感じてから随分時は経ったが、一向に気配の存在が消えることはない。今日もいつもと変わらずおばちゃんのおいしい朝ごはんを食べに食堂に行こうとした時からだろうか。突如として視線を感じたのだ。もうかれこれ5時間は経過している。いったい気配の主はわたしみたいな半人前のくのたまなんかをずっと監視して何をしたいんだろう。当たり前にわたしは何の情報も機密も抱えていないし殿方の視線を釘付けに出来るような美人でも決してない。何の得も得られないはずなのに………。もしかしてもしかしなくともただの変態なのかな。うわあ嫌だ本気でどうしよう…。

と何となく背筋に悪寒を覚えつつ自室に戻ろうとした矢先、角を曲がろうとしたらいきなり今まで遠くにあった気配が至近距離まで近づいているのに気付いた。しかし、時既に遅しとはよく言ったもので受け身を取る前に右手首を後ろから掴まれた。ぎゃあああああ!助けてええええ!力いっぱい叫んだはずなのに唇から漏れたのはくぐもった濁音だけだった。なんで!と思えばがっちりと大きな手のひらに口許を覆われていた。くの一の卵とは言えども何たる不覚だろう。高学年にもなってこんな失態を冒してしまうなんて…………。とか実際考えている状況じゃなかったのを思い出し、男の腕を振り払うべくもがけば、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。


「っ暴れるな、俺だ」
「!」

太い眉に色白い頬。久々知だと気付いて抵抗していた力を緩めると、久々知も拘束を解いてくれた。
い、いったい何が……。訳もわからず混乱しているわたしを前に久々知は口を開いた。こんなに至近距離で話をするのは初めてだけど、近くで見れば見るほど綺麗な顔をしていてどきりとした。男の癖に厭味な奴である。
……それにしても罠やら特殊な仕掛けやらが盛大に組み込まれているくのたま長屋に久々知はどうやって忍び込んだんだろうか。もしかしたら高学年にもなればそんなもの有って無いただの道みたいなものなのかもしれないけれど、何かいかがわしい事件でも起きたらどうするつもりなのかな忍術学園。…まあわたしはまず安心だろうけど。


「その………びっくりさせて悪い」
「うん、びっくりした…。……なんでわたしを尾けてたの?」
「そ、…それは、」
「わたし、べつに豆腐の悪口なんか言った覚えはないんだけど…」
「違うんだ、豆腐じゃなくて」
「え、違うの?」

じゃあ、なに。
わたしが割とゆっくり尋ねると久々知は言いづらそうに口を噤む。いったい何をしたいんだ。
3秒、5秒、10秒、久々知がモゴモゴやっているうちに徐々に変な空気がわたし達の間を流れてゆく。う〜ん気まずい…。「あの、……用事がないならわたし部屋に帰ろうと思」うんだけど。そう言おうとしたのに久々知が突如として「ある!」と叫んだせいでわたしの台詞は途中から呆気なく掻き消された。何も叫ばなくても…。考えてみれば、今日一日久々知のせいで心臓が猛回転しっぱなしである。身体に悪いことこの上ない。


「顔赤いけど、だ、大丈夫?」
「…」
「久々知……?」

視線を廊下に落としてしどろもどろしている久々知は決心したように一瞬だけ下唇を噛み締める。と思いきやまたもいきなりわたしの肩を両手でがしりと掴んできた。「ぎゃあ!」わたしの奇声をもろともせず、堅く決心付いた様子の久々知はわたしの両肩を掴んだままそのまま一気に捲くし立てる。

「俺、お前が好きだ!」
「ええっ!……………う、うそ。本気?」
「本気だ。付き合ってくれ」
「そんな突然な!いやでもまたなんでわたし…?」
「今日一日お前を見てて改めて実感したんだ。やっぱり俺はお前が好きだ」
「(なんか複雑だ…)あ、ありがとう…」
「いきなり言われても、無理だってわかってる」
「うん」
「だから、手初めに今から一緒に豆腐を食べに行こう」


やっぱり豆腐なのかよ。

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