鈍い痛みにほんの少し唇を噛み締める。しかし、痛みより何より朝っぱらから身体中砂まみれになったことの方が曲がりなりにも女の子なわたしにとって断然最悪である。何でこんなことに…。頭上にぽっかり浮かぶ丸を見上げると、憎らしいくらいの青空が覗いている。わたしがこんな思いでいるというのに本気で憎たらしいことこの上ない。第一こんな風に遊んでる場合じゃないのだ。わたしは一刻もはやく学園長に昨日の課題の報告書を届けないとダメなのに。ああもう急いでいるというのに、こんな状況の手前ため息しか出て来ない。………何やってるんだろうわたしは。はあ。

「おやまぁ」

突然頭上から降って来たお約束の間延びた奴の口癖に、わたしの脳はたちまちお茶が沸騰したみたいに反応する。ぐつぐつと煮えたぎる音さえ聞こえる気がするくらいだ。それくらい今のわたしは怒っているのである。あやべええええ!てめえふざけんな。

「いい加減にしてよ!これで何回目だと思ってんの!」
「26回目」
「いや……そういうことを聞いてるんじゃなくてね、」
「じゃあ何ですか」
「とにかく!君のせいでわたしはこっち来るたびことごとく落とし穴に嵌まってるんだけど!迷惑!」
「落とし穴じゃありません蛸壷です」
「あ、ごめん。ってだからそんな問題じゃなくて………というか何でわたしが謝ってるの」

わたしをこの忌ま忌ましい穴に閉じ込めた発端となった人物、綾部喜八郎は訳がわからないと言わんばかりのきょとんとした瞳でもってわたしを穴の出口から見下ろしている。彼はもともと不思議が代名詞と言われるようなよくわからない気質をしていることで有名なのだ。まあ悪く言えば変人ってことだしね。いわゆる蛸壷を学園の地面あるところの至る場所に掘ってはいつもたくさんの人を困らせている。わたしには真っ平の地面を穴だらけにして身体中を砂や泥に塗れさせることの何が楽しいのか理解出来ないし、ましてや綾部が何をしたいのかなんて全くもって謎だけれど。

「まぁいいや、特別に今日は許してあげるからはやくここから引き上げてよ」
「………えー。せっかく大成功したのに」
「ぜんぜん大成功してない!むしろ困ってるから!…それにわたし一応なりとも先輩なんだけど…」
「だってもったいないじゃないですか」

自分が仕掛けた罠に獲物が引っ掛かった時の優越感、もっと味わいたいんです。
そう言って口の端をゆるりと持ち上げる綾部の顔は心無しか満足そうな色を浮かべている。あ、綾部の笑ったとこはじめて見たかも。………とか言ってる場合じゃなかった。こんなとこで悠長に話している場合じゃあないしわたしは一刻もはやく報告書を出さなければダメなのだ。
綾部!そんなのどうでもいいからはやく出して!悲鳴に近い声で少し薄暗い穴底から叫ぶと、綾部は途端にむすっと不機嫌になった。あ、やばい。

「何ならずっとそこに居てくれてもいいんですけど」

それだけは絶対にいやだ!

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