隣の部屋に、男の子が引っ越して来た。
日曜日の昼下がり。特に予定もなく暇を持て余していたわたしは、ソファーでとっくに読み尽くしたはずの雑誌を眺めていた…時だった。ピンポーン。突然チャイムが鳴ったのだ。予期せぬお客さまの来訪と、チャイムの音の大きさにびっくりして身体が一瞬跳ねてしまう。しかも口からため息もこぼれるとゆうオプション付き。(せっかくの休みなのに、一体誰だろう……めんどくさい)何となく億劫な足を引きずるように玄関に向かうと、扉を開けた先にはわたしと年の変わらなさそうな男の子が片手に小さな包みを抱えてぽつんと立っていた。誰。わたしがいかにも訝しんで男の子を見つめていると、にこりと挨拶代わりのかわいらしい笑みをくれた。(王子様みたいに綺麗な顔だなぁ)男の子の真っ白い髪の毛はふわふわ風に揺れて、なんだか本当にかわいらしい。……それにしても、何の用事だろう。ぼんやり考えて、ふと思い出す。そういえば近々誰かが隣に引っ越して来るって聞いてたんだっけ。すっかり忘れてたなぁ。わざわざ律儀にお菓子を持って来てくれているところから見ても、確実にこの男の子が新しい隣人さんなのだろう。


「はじめまして」
「は…じめまして」
「今日から隣に引っ越して来たんだ。僕は吹雪士朗。これからよろしくね」
「はあ、どうも。こちらこそよろしく」

にこにこにこ。そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、彼、吹雪士朗はにこやかな笑みを浮かべている。たかだか隣人に引っ越しの挨拶をするだけなのに、何がそんなにうれしいのかわたしにはよく理解できないけれど。それともただの愛想笑いなのかな。でもなんか天然って感じがするなあ。
雪を連想させる白くてふわふわ揺れる髪に、グレーがかった蒼い瞳。おまけに男の癖に肌まで異性のわたしよりも白い。綺麗な子。まるであの魔法使いで溢れる映画に出てくる外人さんみたいだ。実はほんとに魔法使いで、魔法使えちゃったりしたらどうしよう。たとえばピーター・パンみたいに両手をこれまでかと思うくらい広げて夜空を駆け回ったり、おかしな単語が連なった呪文を唱えてネズミを馬に変えちゃったりカボチャを馬車にしちゃったり。……なーんて、ね。普通にありえないけど。


「ねえ、」
「…………え!」

新しいお隣りさん、吹雪くんを今だ玄関に立たせたまんまでわたしは思わずマイワールドに入り込んでしまっていたのに気付く。恥ずかしい。この上なく恥ずかしい。照れを紛らわすようにごめんと謝罪の言葉を呟いてからうつむいて視線を吹雪くんの靴へ落とした。(あ、)ちょっと意外だ。綺麗な顔に伴って靴も綺麗なものだと思っていたら、案外それは十分すぎるくらいに使い込まれている。泥や小さな擦り傷だらけのスニーカーは汚れているけれど、何だか生き生きと使命感に満ちている。もしかしたらこの子、何かスポーツでもやってるのかもしれない。
なんてまた危うく自分の世界の扉を開こうとしたわたしを「ふふ、かわいいなぁ」なんてとんでもなく歯の浮き立つような台詞がわたしの頭を攻撃したおかげでわたしの脳みそはしゃきっと目を覚ました。びっくりを通り越してある意味こわい。

「は、はぁ…!?」
「いや、さっきからずいぶん面白い顔してるなぁと思って」
「おも……!」
「まぁまぁ、そうこわい顔しないでよ。僕たちこれからは長い付き合いになるんだもん。仲良く楽しくやって行こうよ、改めてよろしくね」
「…」

べつにわたしは吹雪くんと仲良く楽しくやって行きたいつもりは全くもってないのですが。そんなわたしの顔色などお構いなしに再度にっこにっこと楽しそうに笑顔をわたしに向けている。ちなみに忘れてはいけないこと、わたし達は所詮ただの隣人なのだ。これから先、朝のゴミ出しの時や家を出入りする時にちょこっと顔を見合わせて簡単に挨拶するくらいの付き合いしかすることもないだろうに。さっきのかわいい発言といい、吹雪くんはかなりオーバーな奴である。


「それじゃあ、僕はこれからちょっと用事があるから帰るよ」
「あ、うん」
「また来るね」
「うん。………って、えっ」
「ばいばい」

吹雪くんは始終楽しそうに笑い、そして隣の部屋へ帰っていった。けれどわたしはちっとも楽しくもおかしくもないしむしろ現状が把握出来ない。何なんだろうあの子。世間でよく言われる不思議ちゃんだとかゆうやつだろうか。謎だ。ちょっとかわいかったけど。ふわふわしてるしいい匂いするし…。ってわたしは変態か!なんて一人ツッコミしてる自分が無償に虚しい。
それにしたって「また来るね」とはどういった意味なのか。まさかまた家に来るつもりなの?何なんだ一体。うーん……考えただけで頭が痛い。
とりあえず、今わたしの手の中に居るクッキーの絵がでかでかと印刷された包装紙でラッピングされたお菓子をどうにかしようと思う。……甘い物はもうたくさんなんだけどな。はあ。

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