俺は臆病だ。それは、自分で言うのも嫌になるくらい。
そんな自分が嫌で、死に物狂いで喧嘩したしどんな痛みにも歯を食いしばった。そしたら結果、けっこう強くなったって思えるくらい気付いた時には喧嘩が得意分野になってた。でもなんでかな。すぐ泣いちまうとこだけはあんまり変わってねえんだよな。男なのに情けない話なんだけどさ。今だって、ほら、お前にたった一言を言おうとするだけでちょっと気ぃ抜いたら涙腺緩んじまいそうだ。
俺さ、思うんだ。一緒に居る時間があまりにも長すぎたんじゃないかって。長すぎて、一緒に居る時間が当たり前になってた。今は晴れて付き合うことになったけど。ちょっと前までお前にとって俺は、他人って枠を越えて兄弟や家族みたいなでかいカテゴリーに振り分けられてた。俺は、そんな風にお前を見たことなんて一度だってないんだけどさ。
錫也と羊も、お前のことを俺と同じ目で同じ気持ちで見てる。だからあいつらになら渡したっていいかなって最近思えて来たんだ。
………なあ、俺、きっとお前を幸せにしてやれない。

「…………あのさ俺お前に話があっ」
「ねえ」
「おい、話の途中だっつの」
「今日って水曜日だよね?」
「………は?」
「うわ、さいあく。ドラマ最終回録画してくんの忘れちゃった……馬鹿だ〜わたし!」

話を横紙破りに中断されたあげく、あまりに突拍子のない話題に思わず変な声が出てしまった。しかも当の本人はと言えば未だ途絶えない話に花を咲かせてくすくす笑っている。かわいい……だとか無意識に考えちまってる俺はかなり痛いんだろうな。ああこうゆうとこだって昔から変わってないのか。
違う、俺はこんないつもとおんなじ理由でこいつと向き合ってるんじゃない。いつもみたいに見飽きるまで星眺めて笑って照れて、やっぱり笑って。そんな風に幸せ噛み締めるためにこいつを呼び出したんじゃないんだ。
……俺は、今日、お前に、

「こんな夜に呼び出したの、お前に言いたいことあったからだ」
「……知ってる」
「!」
「ごめん。ちょっと冗談半分ではぐらかしちゃったけどさ、わたしもね、実は哉太に言いたいことがあるの。すっごく大事なことなんだ…聞いてくれる?」
「いい…けど。なんだよ」
「あのね、哉太」
「…」
「別れよう」

今…なんて言った、あいつ。
すぐさま耳から脳へ、脳から耳へと流れたばかりの言葉を拾い直してもう一度頭の中で反芻してみる。でも何回リピートしたって同じだ。あいつは今、確かにあの言葉を言ったのだから。俺が……切り出すはずだった「別れよう」を。

「わたし達、もう他人だよね」
「お前、いきなりなに言っ…」
「だって。別れたってことは他人でしょ」
「…」
「哉太も、ほんとうは今日言うつもりだったんでしょ」
「な!」
「よかったね。わたしと別れられて。そりゃそうか、もう知り合って数え切れないくらいいっしょに居るんだもん。さすがに飽きちゃうよね。気付かなくてごめん。それから今までありがとね……………ばいばい」
「っ、おい!」

俺から視線を外したのと連なって焦げ茶色の髪が夜風に流れる。七分丈のパンツから覗く、昔から変わらず日焼けを知らない薄白い足首は、俺から逃げるように寮の方へ駆け出してゆく。
言えよ。俺。なにやってんだよ。俺。引き留めろよ。なんで黙ってんだよ。走れよ。なにぼうっと突っ立ってんだよ。行けよ。追いかけろよ。
こんな時、錫也だったら。羊だったら。こんな時でさえ湧いて来るのは誰か頼りのとことんヘタレな弱気思考。なんでだよ馬鹿か。俺は………俺でしかないだろ。ちゃんと自分でわかってるんだろ。
俺は、正真正銘の臆病者だ。

「、くそっ」

今更おもいきり動かした足は、鉛みたいに碇みたいに、とてつもなく重く感じる。腕も心も、重力に逆らって振り切る風も、ぜんぶ重い。
それでもちょっとでも早くあいつのとこに行かなきゃ。そうじゃなきゃ。あいつの顔、今まで見たことないくらい泣きそうな顔してた。どんなに悲しくてもへらへら笑ってごまかすあいつが。俺の前で………泣きそうだった。嫌だ、俺のせいであいつが泣くのは。別れることになるならない以前に、すっげえ嫌だ。泣かしたくねえ。いや、違う。泣かさねえ。


「待てよ!」

おもいっきり叫ぶ。あいつは振り返らない。おもいっきり走る。やっぱりあいつは黙っている。振り向けよ馬鹿、足止めろよ馬鹿。捕まえらんねえじゃんか。
……いいや、意地でも追い付いてやる。そんで捕まえたら今度こそ絶対に離してやらねえんだからな。
前言撤回。さっきはあんなこと言ったけど錫也にも羊にも誰にもやらねえ。絶対、一生。ずっと大切にして誰より幸せにしてやる。もう決めたから。
だからもうガキの頃に見たお前のぶっさいくな泣き顔なんて、二度と思い出してなんかやんねえんだからな。


さよならを告げた水魚のまなことぼくが忘れた水曜日

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