「士朗くん、また告白されたんだって〜」
「しかも相手はあの美人で有名な2組の三上さん!」
「えっ!レベル高すぎじゃん!…まあ士朗くんならちょうどお似合いだけど」

密やかに耳に入って来たのは、今では随分と聞き慣れた類いの士朗の噂。きゃあきゃあとつんざくような彼女達の黄色い悲鳴のせいで耳というか頭までもが痛くなってきた。それにしても他人の恋愛事情でよくもそんなに盛り上がれるものだ。疑問の気持ちを飛び越えて思わず感心してしまう。

「はあ、」
「何ため息ついてんだよ。おっまえ、今日はいつにも増してひでぇ顔してるな」
「…」
「…」
「はあ、」
「おい!普通に無視すんな!」

敦也なんか今はどうでもいいんだよ。それより今わたしは悩んでるの。ものすごく悩んでるの。…何を悩んでるのかって言われたら上手く説明は出来ないけど。
わたしが相も変わらず敦也曰く気の抜けたひどい顔を机に前のめり気味に決め込んでいると、いつの間にやらわたしの前の席を陣取っている敦也が訝しむような視線をわたしに向けたまま口を開いた。

「何だよ…珍しく悩み事か?」
「ちがうよ」
「嘘つけ」
「、………あのね、士朗がまた告白されたんだって」
「ぶっ!」

紙パックから伸びたストローをくわえながらわたしの話を聞いていた敦也の口から、勢いよくイチゴ牛乳が噴射された。汚い。仕方なくティッシュを持っていない敦也の代わりにわたしが机の上を拭いてあげると、敦也はさすがに悪く思ったのか「悪りぃ」と謝った。まあ…その、かわいいとこもあるんだけどね。
ちょっと意地悪して「わたしは敦也のお母さんでも奥さんでもないんだからいい加減しっかりしてよね」なんて言ったら、途端に敦也は火が点いたみたいにボッと顔を赤らめた。えええ。何でだよ。一体今の言葉のどこに照れる要素があったの。

「つ、つーかさ、何でそんなに兄貴のこと気にするんだよ」
「え?」
「まさか……お前………!」
「いや、好きとかそうゆう展開じゃないから落ち着いて敦也」
「バッ!べべべべつに動揺なんかしてねーよ!馬鹿にすんな!」
「「おもいっきり動揺してるし」」

あれ、なんか言葉が重複したような…。
振り帰るとちょうどわたしの真後ろに士朗がぽつんと立っているではないか。びっくりしてわたしが目をまんまるに見開くと士朗はいつものようにやわらかく頬を緩めて、より一層優しい表情を作り出した。見てると思わずわたしまで自然と笑顔がこぼれてしまう。

「し、士朗……!?」
「おはよう」
「おはよ…じゃなくて、いつから聞いてたの…!」
「そうだなぁ、正確には君がため息を吐いていたくらいからかな」
「ほぼ全部聞いてたんじゃん!わああ恥ずかしい!」

堪らずわたしが机に突っ伏すと、頭上でくすくすと可愛らしい士朗の笑い声が漏れ出した。わ、笑いごとじゃないのに…!
しかしいつまでもそうして居られないため、そろりと視線を机から少し上に上げると唇を尖らせてふて腐れる敦也と目がかち合った。照れたり怒ったり、敦也はほんとうに忙しない奴だ。

「なんで照れる必要があんだよ」
「だって…」
「僕にヤキモチ妬いてくれてたからだよね?」
「ヤキ……!ちっ、ちがうよ!」
「ヤキモチ!?お前、やっぱり兄貴のこと好きだったのか!」
「だからちがうってば!」

何でそうなるの。
わたしが必死に弁解しようと口を開くも、チャイムによって阻まれる。さいあくだ。誤解されちゃってるし。金魚みたいに口をぱくぱく開閉しているわたしを見て敦也は「間抜け面」と馬鹿にして笑った。もう…だから敦也は黙ってて!

「わたしはただ……えっと、その、」
「何だよ」
「ただ、いつかは2人とも彼女とか出来てもうこうやって喋ったりすることもどんどん少なくなってっちゃうのかなーとか、なんとなく…思って寂しくなった…だけ…」

後半、たぶんほとんど聞こえなかっただろう音量でぽそぽそ呟くみたいにわたしが言うと、敦也と士朗は何故か顔を見合わせて笑い声を上げた。何で笑うの。2人の意図が掴めないまま困惑しているわたしを取り残して2人は尚笑い声をこぼしている。授業開始のチャイムが鳴って2〜3分。そろそろ数学の先生が教室の引き戸を開ける頃合いである。

「馬鹿だなぁ」
「そんなことで悩んでたのかよ」
「馬鹿って…!そんなことって何!」
「大丈夫だよ。僕たち、そんなことくらいでバラバラになったりしないもの」
「そうそう。第一、いつからの付き合いだと思ってんだっつーの」
「………うん」
「それに僕、君以外の女の子を彼女にしようなんて考えたことないし」
「え?」
「は?」
「だよね、敦也?」
「っな、ななな何で俺に振るんだよ!」

敦也は再び顔を真っ赤にさせて勢いよく腕をぶんぶん振りかざしては否定の姿勢を取った。くすくす。今度はわたしが士朗と顔を見合わせて笑う番。その光景が余計に敦也を苛立たせる材料になって、「おら!」とさらに憤慨した敦也がわたしのほっぺを掴もうと指先を伸ばしてきた。しかし、瞬時に視界の隅でそれをキャッチしたわたしは慌てて席を立って士朗の背中に隠れる。ほっぺを掴み損ねた敦也は不満げに声を漏らした。

「その手には乗らないもーん、馬鹿敦也」
「長年いっしょに居ると敦也の行動パターンなんて見え見えだよね」
「お前らなあ…!」

怒りに怒った敦也が次の行動に移ろうとしたその時。ガラガラと引き戸の開く音が教室の中で響いた。「もう休み時間はとっくに終わったはずだが」学年でも最も厳しく口うるさいと評判の津山先生が吊り目をさらに引き攣らせて、わたしと士朗と敦也を視線を滑らせるように順番に見た。視線がピリピリと皮膚に突き刺さるみたいで痛い。
ふと我に帰ったわたしが周りを顧みると、わたし達3人以外のクラスメイトはみんな席に着いているではないか。え、嘘でしょ早すぎる。
………終わった。顔を凍りつかせるわたしと敦也の真ん中で、ひとりだけ士朗は諦めたように微笑んでいた。ああ、今日は長い1日になりそうだ。


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