※現代設定

窓際から差し込む柔らかな陽射しと隙間から吹き込んでくる風からはもうすっかり春になってしまったことを感じさせられる。あたたかい日だまりの匂いも心地好い。わたしの大好きな季節の、大好きな匂い。
イヤフォンから流れるお気に入りの歌を子守唄にして、心地好いまどろみから目を覚ますとよく見知っている鼻頭が信じられないくらい近距離にあって思わず椅子の上でのけ反った。びっくりしすぎて心臓の動きもDVDデッキの機能みたいに一時停止する。

「っわあ!」
「お前…いくら何でもその反応は女としてないだろ」

人の心臓を一時的とはいえ停止させておいてよくそんな台詞が言えたものだ。わたしがあからさまに皮肉めいた睨みを効かせて鉢屋に向き直っても、あくまで鉢屋はあっけからんと反省なんて伺えない態度であまつさえわたしにデコピンを飛ばしてきたのだからただただ驚愕するしかない。「痛っ!」まじで痛いしありえない。さっきから女の子にする態度とは思えないし。鉢屋三郎と言えば女遊びが盛んなことで有名である。仮にもそんな鉢屋がわたしにこんなある意味暴力的行為を働くなんてどういうことだろうか。ふざけるのも大概にして欲しい。もしやわたしを女として認識してないのかも…なんて考えてはますますイライラゲージの目盛りが5個分ほど増えた。ほんとうになんて男だ鉢屋三郎。

「まじで何なの。わたしに何か恨みでもあるの」
「ない」
「じゃあ何で」
「何ってただの暇つぶしに決まってるだろ」
「死ね」

嫌だ。と笑う鉢屋は悔しいことにやっぱり女の子達が騒ぎ立てるだけあってかっこいいと思う。けれど見た目がちょっとかっこいいからって中身が底抜けにサイアクなら話はまた別である。今目の前でわたしをからかってニヤニヤしている鉢屋のようにね。ああああああむかつく。
「鉢屋く〜ん」そんな中。突如としてやけに甘ったるく媚びる声がわたしと鉢屋の距離を縫って教室の一角の席から聞こえてきた。顧みると、ブリーチで痛め抜いたおかげですっかり薄い色素の髪と短いスカートがシンボルのいわゆる今時な女の子が2、3人固まっていてわたしと鉢屋をアイラインで太く縁取られた大きな目をもって見ている。…鉢屋に向ける視線とわたしに向ける視線の温度差がかなり違うような気がするけど、恐らく勘違いじゃなさそうだ。どうしよう。変に鉢屋がちょっかいかけてくるせいで完全に勘違いされちゃってんじゃん。はた迷惑な話だよ。

「鉢屋、お呼びだよ」
「べつに俺は呼んでない」
「鉢屋じゃなくて向こうが呼んでるの。はやく行ってあげなよ。あっでもよかったじゃない、わたしより都合のいい暇潰しができて」
「…」

じっとり厭味たらたらといった雰囲気の眼差しを鉢屋から向けられたわたしは意味が理解出来なくて「なに?」と問い掛けてみる。でも鉢屋からは何も答えは返って来ない。わたしはより一層鉢屋の考えてることがわからなくて首を傾げると不意をつかれてまたデコピンされてしまった。力加減はしてくれていると言え、普通に痛いレベルなのである。痛い。最悪。むかつく。

「痛い!だから何なの!」
「だから暇潰し」
「あのねぇ…」

鉢屋はまた意地の悪い微笑みを口許に携えたかと思うと「じゃあな」そう言いもって席を立った。考えてみれば鉢屋の席はずっと遠い教卓の前であって列の最後尾であるわたしの席とは全くの逆方向だったはずだ。休み時間とは言え何故ここに。そう疑問が湧いてきたけれど、言葉を口にするのはやめて喉元に引っ込めた。だって聞いてみたところで返ってくるのはどうせ暇潰しの3文字なのだろう。

「なあ」
「…」
「さっき、寝てるお前に何ししてたか教えてやろうか」

鉢屋は軽くこっちを振り返って言う。半分だけ顔を覗かせている鉢屋の顔は少しシリアスでびっくりする。だからわたしはうんとは返事せずに動向を伺うといった感じで鉢屋をただ見つめた。だけどどうせ人の寝顔見ておもしろがってたとか、そうゆう悪趣味なことをしてたんでしょう。ほんとうに性格捩曲がってるんだから。わたしの顔を見てさぞ愉しんでいただろう鉢屋を想像しただけでため息がこぼれ落ちそうだ。最低。



「キス」
「………え?」
「まあ未遂だけどな」

お前、途中で起きたから。と付け足して鉢屋は半分見えていた顔をまっすぐ元より身体の向いている方向へ戻した。そしてさっきからずうっと刺々しい視線をわたし達に投げかけながら待っている女の子達の元へ足早に行ってしまった。今の今まで鉢屋の座っていた椅子に視線を落とすと同時にチャイムが鳴る。でも休み時間の喧騒はそう早く収まることはなくて、その後すぐに古典の先生が教室に入って来て教卓の前で何か怒っては注意していたけれどわたしにはもうそんなことどうでもよかった。

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