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「――ああ、邪魔をする」
淡白な返事を返したナイトをよそに、
「もう。いらしたのなら早くお声をかけて下さればいいのに」
拗ねたように頬を膨らませる彼女は、大人の女性というよりは少し幼くて可愛らしい印象を受ける。
男ならば誰しもが守ってやりたくなるような、そんな愛らしさを感じさせる。
しかし、これは彼女が男にやってみせる“芝居”なのだと知っているナイトにとっては、わずかに不快さを感じるだけだ。
「それはすまなかったな。お前の血を貰いに来た」
「まあ! 嬉しいわ。ナイトレイったら、ここのところ新しく来た女王さまに夢中で……もう、来てくださらないのかと思っていたのよ?」
エリーゼが哀しげに睫毛を伏せて呟くと、ナイトはぴくりと僅かに眉を動かした。
そうしてエリーゼは、寝台から立ち上がってゆっくりとナイトに歩み寄り、その胸に顔を埋めて深く腕を絡ませる。
「新しい女王さまは美しいお方なのかしら。貴方の近くにずっと居られるなんて、ずるいわね」
「……余計なことはいい」
熱の篭った視線を寄こすエリーゼの肩を、苛立ち混じりで半ば強引に抱きすくめると、ナイトは柔らかで真珠のように煌めく彼女の首筋に、鋭い牙を突き立てた。
「あ……――っ」
ぷつり、という音と共に真紅が流れ、桃色の唇からは熱い吐息がもれる。
ゆっくりと壁に背中を預けて、快感に身を捩るエリーゼの手首を掴み、ナイトはより深く牙を食い込ませた。
凛という女の血液を初めて口にしたあの瞬間から、喉の渇きが癒えない。
エマリエル卿と対峙して傷を負った夜、凛の手のひらに滲んだ、彼女の血液の清らかさ。
脳髄までもを麻痺させるような甘美な芳香。
そして今まで口にしたことがない、誰よりも純粋で濃厚な血液――。
この世で一番高貴とされる女王の血の味を、ナイトは忘れられないでいた。
彼女の頬から食餌(しょくじ)をした時も、彼女の血を全て飲み干してしまいたい。柔肌に牙を突きたててみたいという欲望を押さえ込むのが精一杯だった。
甘い痺れに囚われてエリーゼは吐息を漏らし続ける。
しかしナイトは、どんなに牙を突き立てても無くならない、ひりひりとした喉の渇きに、ますます苛立ちを覚えて眉根を寄せた。
――この女の血液は、こんなにも不味いものだっただろうか。
いや、元々そんなに美味いほうでもなかったか。
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