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◇ ◇ ◇
城に駆け込んだ凜は、荒い呼吸を落ち着かせながら広い廊下を小走りに進む。
彼らもやっぱり人を平気で殺せるヴァンパイアだったのだ。
街で会ったあの男と同じだ。
いいヴァンパイアもいるのかもと思っていた自分が悔しい。
私は人間だ。絶対、怪物の女王なんかなるものか。
「あら女王さま」
ふと気づくと、胸元の開いた黒いドレスを身に纏った妖艶な女性が近づいてくる。
真っ赤な唇が異様に際立っていた。
「私(わたくし)イライザと申しますわ、なぜ泣いているの?
話してくださらないかしら」
言葉とは裏腹に、まるで獲物を狙う蛇のような目でまっすぐにこちらを見てくる。
その唇がにやりと三日月形を描いていた。
「なんでもありません」
射すくめられたように固まった凛は、精一杯声を絞り出して答えた。
「そう。そういえば貴方、ロゼリオン達とはもう“血の契約”を交わしたのかしら?」
凛は訝しげに首を傾げる。
何が目的なのだろう。
「……血の契約?」
そういえばルジェが、女王は僕たちと血の契約を結ばなきゃならない、と言っていたような気がする。
「今度の女王はそんなことも知らないのね」
女は手を口元にあて、可笑しそうに笑った。
「だからなんなんですか?」
少しムッとして聞き返す。
「血の契約とは、彼らに貴方の血を吸わせることよ。
そうすればロゼリオン達は正式に貴方の下僕(しもべ)になって、命まで差し出すわ」
「そんな……命なんていりません! 大体なんでそんなことになるんですか」
「ふふ、おかしな子ね。決まってるじゃない。
女王の血は、一口飲めば強大な力が得られるという貴重なものなのよ。
ロゼリオン達もね、一生の地位と力が約束されるんだから」
「私にはそんな力ありません!」
混乱する凛を見て楽しそうに微笑する女は、悪戯を思いついたかのように目を輝かせた。
「何も怖くなんてないわ。
ヴァンパイアに血を吸われる時ってね、セックスしてるみたいに気持ちいいのよ」
「なっ、何言って」
凛は自分の顔がみるみる真っ赤になっていくのがわかった。
「あら可愛い反応。じゃあね」
狼狽(ろうばい)する凛をよそに、女はクスクスと楽しそうに笑いながら去っていってしまった。
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