5-52
◇ ◇ ◇
「ナイト、みんな!」
凛が駆け寄ると、まだかろうじて息のあるエマリエル卿がごぼりと血の塊を吐き出した。
瞳はうつろに泳ぎ、荒く息を吐いている。
アッシュとルジェも、ヴァンピルを片付けてやってきたところだ。
「ナイトだけ抜け駆けしてずるいですよ。私達を差し置いて凛さんの血を飲むなんて。けれど今度は傷が治っていませんね」
肩を押さえて立ち上がったグレイズは、心底がっかりしたように肩を落とす。
そして未だ血を流すナイトの傷口を見て不思議そうに首をかしげた。
「さあな。わからん」
憮然と呟くナイトの傍らで凛は、彼の腕をそっと掴みながら、卿から目を離せないでいた。
いや、正しくは離さないでいたのだ。
辺りには死臭が漂い、今にも命の灯火が消えようとしているのは明らかである。
街の人間に、ロコにした非道な行いを知っていてもなお、彼が死んでいくのを快く思っていない自分がいた。
この世界に来てから死というもの自体には多く直面した。
しかし仕方の無いこととはいえ、自ら進んで誰かを倒したことはない。
直接手を下してはいなかったとしても、罪の意識は消えてくれなかった。
けれど自分は彼の死から逃げてはいけない。
そんな使命感から確かな意思を持った凛を、エマリエル卿が見やる。
「ア、アスト様……」
その瞳からは今までの狂気が跡形も無く消え去っていた。
それは凶悪なヴァンパイアではなく、肖像画にあった彼そのものの優しい光を宿した瞳。
修羅のような形相も穏やかに変化し、エマリエル卿の本来の姿はこちらなのだろう、と凛は思った。
吐息まじりに女王の名を呟いた卿は、顔を歪めて眉根を寄せる。
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