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「クソッ!」
憎憎しげに舌打ちする彼の右足から、赤いものが滴り落ちた。
ナイトを見やると、みるみる内に鋭い牙が伸びてきている。
「ナイト! 怪我して――」
「俺のことなどどうでもいい。それよりお前血が――」
ナイトがじっと見つめるので不審に思って自分の頬を触ってみると、何かどろっとしたものが手のひらに付着した。
自分を見つめる彼の青い瞳は、今までと違う恍惚に揺れている。
「あっ」
先ほどヴァンピルの剣が少し掠めた場所だった。
どおりで痛いはずだ。
思っていたより大きく切れたようで、首の方にまで血液が流れ落ちていった。
そのまま鎖骨を伝って、首にかけた赤い石にまで到達する。
血を浴びた赤い石が、ほのかに光に包まれたことを凛は知らない。
「この匂いは……。まさか!」
エマリエル卿が呟いた。
彼は全身金縛りにでもあったかのように微動だにせず、目だけを大きく見開いて。
「俺様が……、俺がずっと欲しかったもの――」
欲に塗れたエマリエル卿の灰色の瞳に、一瞬だけ知性が戻った気がした。
瞳をぎょぼりと動かした卿は、吼えた。
「まさかその女が、アスト様の――。そして貴様はロゼリオンか! ハハハハ! そうかわかったぞ、貴様の力が増した理由(わけ)が!」
「だから何だと言うんだ?」
「その女を、その女の血を寄こせ!」
卿は目を血走らせて狂喜に震えた。
「嫌だと言ったら?」
「寄こせええええっ!」
「何っ!?」
言うが早いか、己の身体から血液が迸るのにも構わず、今までとは桁違いの速さでナイトに体当たりした。
「ナイトーー!」
傷を負っているせいで動きの鈍いナイトは、くぐもった声を上げて後方へ吹き飛ばされる。
エマリエル卿はくるりと向きを変えると、呆然と立ちすくむ凛を一瞥してにやりと笑った。
背筋がぞくっと粟立つ。
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