5-43
「ハハハ死んだか! 人間とは実に脆い種族よ!」
エマリエル卿が高笑いをあげる傍らで、ナイトは持っていた長剣を構える。
凛はゆっくりとロコの手を離すと、腰に携えた護身用の短剣を抜き放って立ち上がる。
「よくもロコを! うああーー!」
「やめるんだ凛! あいつの想いを無駄にするのか?」
憎しみが支配した心のままにエマリエル卿に向かっていった凛だが、ナイトに腕を掴まれて引き戻されてしまう。
ロコの言葉を思い出して、力なく両手を垂れて短剣を落とした凛は、涙が溢れるのを止められなかった。
闇雲に向かっていって死んではいけない。
ロコに幸せな世界を作ると約束したのだから。
涙を必死に堪えて瞳を開く。
「おおっと、勝気なお嬢ちゃん。この間まぐれで俺様に傷を負わせたくらいで、いい気になるなよ?」
凛は背筋がぞくっとあわ立った。
この男は視線だけで人を殺せてしまうかもしれない。
そんな狂気に歪んだ瞳だった。
肖像画のような温和な表情は微塵もなく、目は吊り上り口が裂けている。
筋張った顔は鬼のような形相で、黒髪はぐちゃぐちゃに乱れていた。
黒い軍服のようなズボンで、上半身は晒している。
昨日負ったばかりの胸の傷は、まだ生々しく裂けていたが、出血も止まり驚くほど回復していた。
「凛、下がっていろ」
ナイトは凛を自分の後ろに匿うと、
「エマリエル・レヴラー! 貴様何故こんなことをした?」
構えたままで強い視線を投げつけた。
「ほう。俺様のことを知っていたか。だが、お前には関係のないことだ!」
「馬鹿が。関係のないことだったらわざわざ貴様などに聞かん」
ナイトが無表情で呟くと、エマリエル卿はぴくりと頬を引きつらせた。
「ふっ。俺様を怒らせたいようだな。だったら望み通り、死ね!」
言うが否やエマリエル卿は跳躍した。
[ 161/179 ][*prev] [next#]
[表紙へ]
[しおりを挟む]