5-24
「私(わたくし)のこと覚えていますかしら? イライザよ」
うふ、と妖艶に微笑む彼女は、凜を赤面させた下品なヴァンパイアだった。
相変わら身体の線がよくわかる赤色のドレスに、血のように真っ赤な唇をしている。
女性らしくカールした腰ほどまである長い黒髪が、彼女の魔性の魅力を最大限に引き立たせている。
「ええっと。もちろん」
無理やり笑顔を作って見せたが、イライザはそれに満足したようで口に手を当ててふふふと笑った。
「まあ可愛らしいこと。食べてしまいたくなるわね。ところでどうしたのこんなところで?」
ぺろりと真っ赤な唇を舐めあげて視線をよこすイライザに、背筋に寒いものを感じながらも答えた。
「実は、トイレに行きたいんですけど迷ってしまって……」
今は彼女しかいないのだ。
なんとか助けてもらわなければいけない。
「トイレ? それならこちらですわ、ついていらっしゃい。今度の女王はとても面白いお方ですわね」
くるりと踵を返すと、コツコツとヒールの音を響かせて去っていく。
僅かな疑問が脳裏に閃くのを気にもせず、凜は彼女の後を懸命に追っていった。
しばらく後、無事に用をすませて出てくると、先ほどまでいたイライザが見当たらなかった。
きょろきょろとあたりを見回すが、誰の人影も見えなかった。
「困ったなあ。部屋に帰るにはどうすればいいのかわからないよ」
不安げに揺れる茶色の瞳に、廊下の突き当にある部屋の扉が僅かに開いているのが見えた。
迷った末好奇心に負けた凜は、扉を開けて部屋の中をひっそりと覗き込む。
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