5-22

「いいんですよ、お気になさらないでください」

 俯(うつむ)く凜に聞こえたのは、ティティーの穏やかな声音だった。
 でも、と小さく呟くのを遮ってティティーは微笑した。

「私(わたくし)の方こそ申し訳ありません。どうしたんでしょうね、私ったら。あの時の気持ちを忘れてしまっていたわ」

「あの時の気持ち――?」

 ゆっくりと彼女を見上げると、綺麗な赤茶色の瞳が困ったような、寂しいような色を宿していた。

「ええ。レヴァンタイユ城に仕える侍女になるには、様々な試験を越えなければなりませんの。やっとの思いで女王様付きの侍女になれたと思うと、次期女王――あなたは行方不明なのだと知らされました」

「そう、なの」

 ティティーは一度言葉を切ると、今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めた。

「あの時の絶望といったら、死んでしまえたらどんなにいいだろうと考えるほどでした……。けれどその時決めたんです。女王様に出会えたのなら、私はどんな犠牲も厭わない。従者として、そして心分かり合える友として一生お傍でお守りすると。
それなにのに私ったら、あなたの気持ちをちっとも考えていなかったわ。本当にごめんなさい、凜様」

 とうとうティティーの瞳から溢れ出た涙が、頬を濡らしていった。

「ティティーさん……ありがとう、ごめんなさい。私は女王にはなれないの、だって大事な人を置いて逃げてきた最低の化け物だから。女王になる資格なんかないの」

 凜はいつの間にか自分の頬を伝う物があることを知らない。

「そんなことありませんわ! 凜様はお優しいではありませんか! 私にいつもありがとうと微笑みかけてくれるではありませんか! 私は、私は凜様がとてもお優しい方だと知っております」

「――ティティーさん」

 言うが否や、ティティーは凜を強く抱きしめた。
 
「何があったのですか? 私に話してくださいませ。どうか」

 凜はこの暖かい想いが少しでもティティーに伝わるようにと、強く彼女を抱き返した。
 果たしてちゃんとティティーに伝わったかどうかはわからない。
 ティティーの胸の中で、時を忘れるほどに泣きじゃくったのだった。

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