5-21

◇ ◇ ◇

「この蜂蜜湯はラインツェールの街で採れた極上の蜂蜜に、砂糖とソロロの実を少々混ぜたものですの。冷えた時や疲れによく効くんですのよ」

 アッシュがいなくなってしまった後、侍女のティティーは優しい微笑みを浮かべて言った。
 天蓋付のベッドに座っている凜を薄茶色の瞳が覗きこみ、そっとグラスを差し出す。
 凛がグラスを受け取ると、銅でできているのだろうか、日本のグラスと違ってずしりと重たかった。
 中身は少し黄色味がかった透明な液体が並々と注がれている。
 鼻を近づけてみると蒸気とともに甘酸っぱい香りがした。

 今はそんな気分ではなかったが断る気にもなれない。
 アッシュはああ言ってくれたが、今もまだ気分は沈んだままだった。
 仕方なくごくりと一口飲んでみる。

「お、美味しい」

「そうでしょう? よかったですわ気に入っていただけて」

 ティティーの手前お世辞を言ったわけではなく、本当に美味しかった。
 甘い蜂蜜に、レモンのような味がする。
 体にふんわりと暖かいものが広がって、凛は何度も口をつけた。
 あっという間にグラスが空になる。

「ティティーさん、ありがとう」

「いやですわ女王様。あなたは我等を統べる王なのですから堂々としていてくださいまし。私などにお礼はいりませんわ」

 満面の笑みを浮かべるティティーとは裏腹に、凜は一瞬軽くなった気分がますます重みを増していく。
 脳裏にはまたロコやルジェ、グレイズが自分に向けた憎悪の表情が蘇る。

「あの、女王様っていうのいい加減にやめてもらえませんか? そう呼ばれるの嫌なんです。私は女王になんてなる気もないし、第一資格もありません」

「まあ! なんてことを言うのですか。女王様がそんなに弱気でどうするのです? 我等ヴァンパイアの運命はあなた様に懸かっているのですよ? それに……」

 もう何も聞きたくない。
 凜は耳を塞いで首を振った。

「もうやめてって言ってるでしょ!」

 叫んでしまってからはっとする。
 ティティーは驚いたように目を見開いて口をつくんだ。

「ご、ごめんさない。私……」

 まただ、また相手を怒らせるようなことを言ってしまった。

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