5-8
「いや、そんな筈は、ないだろう。下等なヴァンピルはともかく、イェゼンが裏切るなど」
言葉とは裏腹に、ルジェは青ざめ乾いた唇を精一杯湿らせながら呟いた。
「しかし……」
「ねえ、ちょっと待ってよ! さっきから意味がわからないんですけど。イェゼンって何?女王を裏切るってどういうことなの?」
グレイズが言いかけたのと同時に凜は叫んでいた。
この三人の会話はわからないことばかりである。
何か大変なことが起こっていることはわかる。
が、凜にはそれがどういうことなのか見えてこなかった。
「お前は黙っていろ!」
ルジェは長椅子から勢い良く立ち上がり、犬歯をむき出しにして怒鳴りつける。
きらりと光る碧の瞳からは明らかな敵意が読み取れたが、凜も相対してベッドから立ち上がるとそれに怯むことなく続けた。
「黙ってなんかられないもん! 私にだって関係あるんだよ? 私のせいでナイトが怪我して……」
治ったからいいなんて思えない。
あの瞬間の彼はとても辛そうだった。
自分のために傷を負ったのだ。
血に塗れたあの姿が今でも脳裏にこびり付いて離れない。
尚も眉間に深く皺を刻んで凜を睨み付けるルジェに、アッシュは長椅子から静かに立ち上がると諭すような低い声で言った。
「ルジェ、彼女は女王だ。そういう態度はよくないだろ」
「僕はお前が女王だなんて認めていない。第一、女王としての力を使ったところを、ナイトが見たといっているだけで、他の誰も見たことないじゃないか。本当に女王なのか疑いたくなるよ。首の痣なんてよく似たものはいくらでもあるしな」
ルジェは凜を指差しながら答えた。
「ルジェ、いい加減にしなさい。言いすぎです。わかっているはずでしょう? こんなにはっきりとした王薇が、他にあるはずがないと」
いつも穏やかな表情のグレイズが、ルジェの目の前に立ちはだかると鋭い視線を向け、眉根を寄せて声を荒げる。
「……チッ!」
ルジェはバツの悪そうに舌打ちをして腕を組むと、そっぽを向いた。
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