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「ところで早く城へ帰らないか? 俺は貴族(イェゼン)なんだぞ。こんな汚らしい所、息を吸うのも苦痛だ」

 今まで会話に入ろうとしなかったルジェが、狭い部屋を見回して鼻をつまみながら心底嫌そうに顔をしかめた。

「ちょっ、あんたねえ人の家に向かって失礼でしょ! 四百歳かなにか知らないけど礼儀ってもんはないわけ?」

 どうも外見が子供にしか見えないからか説教がましくなってしまう。
 しかし例え年上だろうと、尊敬できない人物になど凛は敬語を使いたくなかった。

「黙れ!」

 瞬間、明らかに表情を険しく変えたルジェは声を荒げて叫ぶ。
 ピリピリとした静けさがその場を包む。
 怒りに揺れるその緑の瞳には、侮蔑と否定の色が濃く現れていた。

「なっ」

「調子に乗るなよ小娘が。貴様なんぞが我が主とは認めていないからな!」

「まあまあルジェ、落ち着いてください」

「うるさい離せ!」

 僅かに伸びる犬歯をむき出しにして歯を食いしばるルジェを、グレイズが優しく後ろから抱きしめる。
 なおも怒り狂ってもがくルジェは、抵抗も虚しくグレイズの胸にすっぽりと収まってしまった。

 この世界に来てはじめて自分を否定する言葉を聞く。
 心臓が重い鉛(なまり)に変わったように、急速に鼓動が弱まっていったようだった。

 日本では当たり前だった。
 親がいないことや貧乏なことでずっと周囲から蔑(さげす)まれてきた。
 しかしこの世界に来て、女王だと知らされ持て囃されたことで、知らぬ間に『自分は無条件にこの世界の人々に愛されているのだ』と思っていたのだ。

 しかしそれは間違いだ。
 考えてみれば、こんな突然現れた何のとりえもない女など、認められなくて当然である。

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