[ 雑用係 ]


『お伽噺の世界は人間界とは全く異なる、独立した世界である。人間界に存在するおとぎ話は何らかの理由で此方の世界に触れた人間が書き残した物である。』

『お伽噺の住人は人間界に害を及ぼしてはならない。正当な理由なしに台本を無視する又は役につかないで人間界に干渉した場合、罰せられる』

「尚、正当な理由とは以下の通り――…はあ、もう少し分かりやすいテキストないのかなあ」
「惣司先輩、さっきからブツブツ何言ってるの?」

机に突っ伏す乙木の横からアリスが声を掛ける。
ツンツンと指でつつくと恨めしそうな視線で返された。

「なんでこんな複雑な世界作ったんだよ、アリス〜…」
「ええ? 僕が作ったんじゃないんだけど……大体『お伽噺の概念と禁忌』とか何で今更読んでるの?」
「歴史の小テストがひどくってさ…課題出されちゃって」

分厚い本の上で乙木はガクリと項垂れる。
人間界にいた頃から社会科は苦手だった。ましてや全く馴染みのないお伽噺の世界の歴史は乙木にとって難問以外の何者でもない。

「……乙木先輩、って…歴史…嫌いなんですか…?」
「いやあ、嫌いじゃないけど、苦手なんだよね。雨英くんは好きなの?」

向かいの席にいた雨英がコクリと頷く。
顔合わせの時はこれからどうなるかと心配だったが大人しいだけで賑やかなのは嫌いではないらしい。一緒に仕事をしていくにつれ、よく話すようになった。

「ちょうどいいじゃん。惣司先輩、雨英くんに教えて貰ったら?」
「アリス、ナイスアイディア! 雨英くんお願い、僕に歴史教えて!」

顔の前で手を合わせ、乙木が頼み込む。

「あ、はい……何でも聞いて下さい」
「やったあ! 早速なんだけどさ…」

椅子から立ち上がり、雨英の傍に寄る乙木。
その様子にアリスは自分で提案したものの、一人蚊帳の外にいるのは寂しかった。だが一緒に勉強するのは自分が甘えたがりだというのを認めるようで抵抗があった。

「…なんで僕がこんなこと考えなきゃいけないのさ」

他の役員がいれば話相手になるが、今は出払っている。
つまらない…と呟きかけた時だった。

「たのもー!」

バタンッとドアが開き、見慣れない生徒が意気揚々と部屋に乗り込んできた。

「は…? なに、なんなの?」
「生徒会破り……」
「道場じゃないんだから…えっと、君は誰かな? 何かご用?」

突然の訪問者に驚きながら、乙木が用件を尋ねる。
フワフワとした黒髪を一つに束ねた生徒会破りは人懐っこい笑顔を浮かべ、敬礼のポーズで三人に挨拶をした。

「いつも兄がお世話になってました! 今年高等部に進級しました、狼一族のリラです!」

狼という単語で乙木とアリスの脳裏に一人の役員の姿が浮かんだ。

「ええっ!? フェニ先輩の弟ぉ!?」
「に、似てない…」
「あははーよく言われます」

新役員である雨英もフェニの名前が出てきて、理解したようで目を見開いていた。
予想通りの反応にリラはしたり顔。だが、今日の目的は弟宣言をすることではなかった。

「そんなことより。今日は皆さんにお願いがあって来たんス!」
「お願い?」

リラは真剣な表情で三人を見つめる。
その表情に押され、リラのお願いをじっと聞いた。

「オレを生徒会に置いてください! 生徒会で活動がしたいんス!」

一瞬の沈黙。
ぽかんとする役員たちだが、お構い無しにリラはお願いしますと頭を下げる。

「ええっと…こういう時ってどうしたらいいのかな」
「僕だって知らないですよ…」
「……まずは…会長に、頼んでみたら…?」
「はっ…! そうッスよね! 会長は何処ですか?」

再び訪れる沈黙。
ちょっと出掛けると言って生徒会室を出ていったきり、帰ってこない。
何処に行くかも分からないし、連絡を取る手段もない。
それを知るとリラは目に見えてがっくりと肩を落とした。

「はあ…そうッスかあ…」
「ご、ごめんね? 神出鬼没な人だから」
「というか。いきなり来る方が悪いんじゃない? 僕らだって暇じゃないし」
「うう…すみません…」

最初の威勢は何処へやら。ジロリと睨まれ萎縮するリラ。
見かねて雨英が慰める。

「あの…元気だして、下さい…」
「ぐすっ…ありがとうございます、あまひでさん…!」
「…………うえい、です」
「あまひでさーん!」

目を潤ませ、リラはギュッと雨英に抱きつく。雨英が間違われた名前を訂正するが聞こえていないようだ。

「オレ、諦めないで頑張るッス!」
「は、はあ……がんばってください……それで、あの…離して…」
「そしたら、一緒に働きましょうねー!!」
「雨英くーん。フェニ先輩の弟だし、ちょっと手荒に引っぺがしても平気だよー」

オロオロと困惑する雨英にアリスが遠巻きに助言する。その言葉にコクリと頷くと、少し背伸びしてリラの耳元にフッと息を吹きかけた。
途端、リラの体がカチカチの氷漬けになってしまった。

「うわっ! すごい!」
「…リラさん、大丈夫でしょか……?」
「心配無用だ。狼なら寒さに強いからな」
「あ、会長! 何処行ってたんですか、もうー! こいつ何とかしてくださいよ!」

ひょっこり戻ってきた会長にアリスが食い掛かる。乙木と雨英も声には出さないが、アリスの台詞に同意を示していた。

「早く追い出してください」
「それは流石に可哀想…だけど、生徒会って勝手に人数増やせるんですか?」
「ああ、別に構わないぞ。ただ役職は埋まっているから…そうだな、雑用係として働いてもらおうか」
「ホントッスか!!」
「うわっ、復活した!」

自力で氷結状態から復活したリラ。よほど生徒会として働けるのが嬉しいのか、ニマニマと締りのない顔になっている。
一方、役員は三者三様の反応であった。

「よかったね、リラくん」

そう乙木が言えば、

「はあ? 全っ然よくない! なんでこんな騒がしいのと一緒に仕事しなきゃならないんですか?」

と、アリスが冷たく突き放し、その後ろから、

「……今度は、ちゃんと話聞いて下さい」

などと警戒気味の雨英が呟くのだった。

「しかし…何故そんなに生徒会活動をやりたいと思ったんだ、リラ?」
「兄貴がですね、生徒会入ってからすごく楽しそうで…いつもクールな兄貴が珍しいんって思ったんです。だからオレもやりたくなって!」
「何その単純な理由」
「まあまあ。いいじゃない。これからよろしくね」
「はい!」

ビシッと敬礼を決め、リラは満面の笑みで答えた。

「改めまして、よろしくお願いしまッス!」

(2011.7.10)

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