貴方の嗚咽の幻を視た気がして

その部屋は静寂に包まれていた。
此処はリョウスケとトキオ以外、殆ど出入りしない場所である。

時刻は天辺を回っており、窓の向こうには暗闇が広がる。
真っ暗な中には月がぽっかり浮かぶ。
月明かりはリョウスケの隣で眠るトキオの姿を照らしていた。
そして、部屋に散在するキャンパスも。

ベッドから上体を起こし、リョウスケが部屋を見回すと一枚の肖像画に視線が止まる。
描かれているのは今はもういない婚約者。
画面の中の彼女は、寝台の二人に射るような視線を送る。


「ソラ……俺を、責めてるのか」


もう見えなくなった筈の右目にソラの姿が浮かぶ。

『やっぱり私のことなんて、何とも思ってなかったのね』

頭の中に彼女の声が木霊する。


「大切に思ってた……本当に…」


誰もいない部屋で懺悔を繰り返す。
しかしソラの幻はいつも潤んだ瞳で彼を睨み、吐き捨てる。


「『嘘吐き』」


鼓膜を震わせるトキオの声に、ハッと我に帰る。
いつ起きたのか、トキオはリョウスケの肩越しで同じようにソラを眺めていた。


「…嘘じゃない」
「ふうん?」


リョウスケの言葉をトキオは嘲笑う。


「でも、あんなに綺麗なソラを裏切ったのは……リョウスケの方だよ?」

「……分かってる」

「ソラは気付いていたよ。リョウスケの気持ちに」

「……知っている」

「ソラじゃなく、俺を選んだのは、リョウスケだ」

「もういい…少し黙ってろ…!」


力任せにトキオをベッドに押し戻し、リョウスケはその唇を塞いだ。
やや乱暴に抱いてもトキオはリョウスケを責めなかった。
むしろ嬉しそうに笑っていた。


「ふふっ…今リョウスケの頭の中は俺で一杯なんだろうな」

「ああ、そうだ…って言ったら満足か?」

「まさか。全然足りないよ」


トキオが微笑むと、リョウスケは苦々しく表情を歪める。
何故こうなってしまったのか。
幾度も繰り返した後悔。
そうして考えすぎた思考はぐちゃぐちゃになり、複雑な感情は更にどろどろになっていった。

泥沼の中、リョウスケが確信していることは唯一つ。


「なぁ、キスしてくれないか」


“もうトキオから離れられない”
再び二つの影が重なった。

(2011.3.21)



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