09Q 5
 誠凛メンバーが店を出た頃、三人はそろって近くの公園内を歩いていた。
 オレンジの光の中で、影が横長に地に伸びる。

「ほい」

 歩きながら荷物からバスケットボールを取り出した白美が、にわかにそれを黒子に放った。

「っ」

(イキナリビックリしました)

 黒子は、ボールを受け取ると1秒と経たないうちに先を歩く黄瀬にパスする。

「黄瀬」

「えっ」

 黄瀬は、驚きながらもバスケットボールを、バッグをかけていない右手で受け取った。

「うのっち、ボール持ってたんスか」

「必需品だからねぇ。うっそ。練習用に持ってきてただけ」

「そうスか」

 黄瀬は、ボールを右手に乗せて三人の先頭を歩く。

「ってか、こうしてちゃんと話すのも久しぶりッスね。怪我、大丈夫ッスか」

「はい、大丈夫です」

「良かった……」

 白美から大事は無いと聞いていたが、心配していた黒子の怪我が本当に大丈夫だとわかり、黄瀬は安堵した。
 砂地を横切ると、腰ほどの高さに刈りそろえられた生垣の前にある、ベンチに吸い寄せられる。
 黄瀬は水色×白い側面の海常エナメルバッグを、スッとベンチの左脇に置いた。
 それからベンチの座面に土足で上ると、ボールを両手に持ったまま、両足を開いて背もたれの部分に腰掛ける。
 白美も荷物を右脇に置くと、今度はちゃんと座面に腰掛けた。その足は、優雅に組まれているが。

「そういえば、緑間っちに会ったッスよ」

「俺も見た」

 何気なく切り出された話題に、黒子は「えっ」と反応すると「う〜ん」と声をあげた。

「正直、あの人はちょっと苦手です」

 黒子の素直な言葉に、横を向いていた白美はクスッと笑う。
 黄瀬も、これには肩を震わせた。

「アッハハ、そういやそうだったッスね〜」

 相思相愛、ならぬ……、……。

「……、けど、あの左手はハンパないッスよ、実際」

「……、かに座が良い日は特に、ねェ」

 急に真顔になった黄瀬と白美を前にして、黒子は無表情のまま「はい」と返事をした。

「まぁ、今日は見に来ただけらしいッスわ。うのっちにも気づいてなかったみたいだし。それより……」

 黄瀬は、両足を伸ばしてぐーっと仰け反る。

「うのっちに脅され、フられ、黒子っちにもフられ、試合にも負けて。高校生活イキナリ踏んだり蹴ったりッスわ」

 黄瀬は、上半身を後ろに傾けて両足をピンと伸ばすと、臀部と両手だけを支えにした姿勢で、額に乗せたボールを落さない様にバランスを取る。

「ダメもとでも、一応マジだったんスよ〜?」
 
 黄瀬は黒子に言った。

「ひっくり返りますよ」

 黒子が言うが、黄瀬のバランスは一向に崩れない。
 常人では、まずできないこの芸当が、黄瀬の身体能力を物語っていた。
 黒子はその姿をじーっと見つめ、白美は横に座って色付く空を見上げながら長い真っ白の髪を穏やかに過ぎる風に靡かせていた。

「……すみません」

 暫くして、ふと視線を落して黒子が言った。
 だが、自分には誠凛や、白美をはじめとしたチームメイトがいて、火神という光がいて、共に目指す目標があった。
 黄瀬の気持ちは嬉しいが……、というところだ。
 黄瀬は、それを聞いて素早くベンチを降りると、ボールを貌の横に右手に掲げて、微笑んだ。

「冗談ッスよ。ついでに、うのっちの脅しも冗談だと嬉しいッス」

 黄瀬は、悪戯っぽく視線だけ後ろの白美を振り返った。
 白美は、「てめェさっきの今で舐めてんのか話したらミミズとウナギな」と悪戯っぽく言う。

 黄瀬は、「うげぇ」と一笑するとバスケットボールを投げてはキャッチ、をポンポンと数回繰り返した。

 白美は、黄瀬を横目に「まぁ」と続ける。

「監督と主将くらいにはいいんじゃねェの? ――よぉく考えてみな、他の部員が俺のこと知ったところで、そこには邪念しか生まれない。てめェはペラッペラ喋るタイプだからなァ?」

 確かに、言うとおりだと思った。
 黄瀬は「なるほど……」と顎に手をあてて神妙に頷く。
 あんまり単純な様子に白美は小さく笑いをこぼすと、黄瀬に身体を向けた。

「で? それはそれとしてテッちゃんにも用があったんだよねェ?」

 黄瀬は、ハッとしたように黒子に向き直る。

「嗚呼、そうッス。黒子っちと話したかったのは、訳を聞きたかったんスよ」

 水色と黄色が入り混じった様な色合いの空の下、黄瀬の声が少し低くなる。
 白美は、貌を下げて黄瀬の背中を伏せ目がちに見た。

「黒子っち。なんで、全中の試合が終わった途端――」

 黄瀬の右手から放たれたボールが、緩やかな弧を描いて黒子の手の中に納まる。

「――姿を消したんスか?」

 黒子は、真っ直ぐな眼で黄瀬を見かえした。





 その頃、黒子と白美が黄瀬と話していることを知らない誠凛一同は、矢印全品、むく書店などという看板が並ぶ街並みの中、二人を探し回っていた。

「全く、誰も気付かないなんて。影薄いにも程があるわ! 橙野くんも橙野くんで、なんか消えるし!」

「黒子、アイツ携帯持ってねぇのかよ」

「彼の方は、電源入れてないみたいだし」

「ってか直ぐフラフラどっか消えるって、子犬か!」

「それより早く見つけましょう!? ――、逆エビの刑は、それからかな」

「っ!?」

 急に低くなったリコの声が紡いだ「逆エビの刑」というワードを耳にして、日向の貌が青ざめた。




「ったく……」

 その頃、同じく黒子たちを探していた火神は、公園のフェンスの前で足をとめた。

「おっ」

 緑色のフェンスの向こう、バスケットコートで楽しそうにプレイをする3人組の学生。

(ストリートか……。日本じゃ久しぶりに見るな……)

 火神は、暫し柔らかい表情で彼らのプレイを見守っていた。
 だが、その奥の公園に見えた姿に、ハッと顔色を変える。
 2〜3メートルの距離をおいて退治する黒子、黄瀬、それをベンチから見守る白美。

「っ」

 火神は、目を細めて彼らに括目した。

(why)

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