24Q 5
 一方、ここに向い合せになったキセキの天才+黒子+火神のテーブルには気まずい空気がのしかかっていた。

 無音の時が数秒、「取りあえず何か頼みませんか」と黒子がメニューに手を伸ばしたことで沈黙は破られる。

「オレもう結構いっぱいだから、今食べてるもんじゃだけでいいッスわ」

 黒子に対して懐いている黄瀬は、明るい表情で言う。

「よくそんなゲロのようなものが食えるのだよ」

「なんでそういうこと言うんスか!?」

 が、機嫌の悪い緑間の一言に噛みつき。
 そして隣で長々と火神が唱えるメニューに対して、「何の呪文なんスか」「頼み過ぎだ」と二人大声をそろえて突っ込んだ。
 
「大丈夫です、火神くん一人で食べますから」

 黒子のフォローに黄瀬はホントに人間スかとあきれた声を出す。
 ともかく、そうして彼らはお好み焼きを焼き始めた。なお火神のお好み焼きは巨大である。
 ジュージューと食欲をそそる音と共に美味しそうなにおいが立ち込める。
 だのに、緑間は瞑目して鼻の孔を膨らませていた。

「負けて悔しいのはわかるッスけど、ホラ、昨日の敵はなんとやらッス」

 黄瀬が苦笑しながらなだめにかかるが、緑間は瞼を下ろしたまま態度を変えない。

「負かされたのは、ついさっきなのだよ」

 ツンツンの声音で言い放った。
 
「あっ……」

 そこで緑間は瞼を上げて、黄瀬を睨みつける。

「むしろお前がへらへら同席している方が理解に苦しむのだよ。一度負けた相手だろう」

 しかし緑間からの非難を受けて、黄瀬はコテをしゃぶりにやりと笑った。

「そりゃあ……当然、リベンジするッスよ。インターハイの舞台でね」

 左手で頬杖をつき、右手のコテで外を指す。

「次は負けねえッスよ」

 挑発的に笑った黄瀬に答えるように、火神は口の中のものをごくりと呑みこんで、青のりまみれの口で「ハッ」と笑い返した。

「のぞむとこだよ」

 そこで、緑の双眸が眼鏡の奥から黄瀬を凝視する。

「黄瀬、前と少し変わったな」

「そッスか?」

「目が、変なのだよ」

「変!? ――まぁ、黒子っち達とやってから、前より練習するようになったッスかね〜。後最近思うのが、海常のみんなとバスケするのが、ちょっと楽しいッス」

 黄瀬は緑間の背後に、高尾や笠松と同じテーブルで穏やかな表情をしてお好み焼きを焼いている白美の姿を見た。
 今なら、あの日ステーキ屋の前で彼が言っていた意味が、わかる気がした。

 緑間は黄瀬の答えに、フンと鼻で息を吐いた。

「どうも勘違いだったようだ。やはり変わってなどいない。……戻っただけだ。3連覇する少し前にな」

 鉄板に目を落としながらクスリ、と黄瀬も笑う。
 
 けれど、黒子は違った。

「けど、あの頃はまだ、ほぼ皆そうだったじゃないですか」
 
 黒子がシリアスなトーンで言う。
 緑間は数拍黙っていたが、変わらず強い眼をしたまま口を開いた。

「お前らがどう変わろうが勝手だ。だがオレは楽しい楽しくないでバスケはしていないのだよ」

 強い意志に瞳を微かに揺らして緑間は言い放つ。
 再びのどっしりした空気が机にのしかかり、皆黙り込んだ、――かに思えたのだが。

「お前ら、マジごちゃごちゃ考えすぎなんじゃねーの。楽しいからやってるに決まってんだろ、バスケ。しらがだってそう言ってんぞ」

 もぐもぐしながら火神がなんてことなしの顔をして、言った。

――橙野が?

 と各々引っかかるも、真っ先に口を開いたのは先程からツンツンの緑間だった。

「なんだと? 何も知らん癖に知ったようなことを言わないで――」

 が、緑間の言葉は途中で止まる。
 に色々と散らしながら、緑間の頭に唐突にそれは乗ったのだった。――お好み焼きである。
 固まった緑間の背後で、さっきからハイテンションでお好み焼きを高く飛ばして返していた高尾の、呆然とした顔があった。
 道具を持ったまま両手を万歳して、高尾は固まっている。その隣では笠松が慌てた顔をしていて、更に置くでは白美が間の抜けた顔をしていた。

 ピキリ、と緑間のこめかみに青筋が浮かぶ。

「取りあえずその話は後だ」

 緑間は頭にお好み焼きを乗せたままスッと立ち上がり、「高尾、ちょっと来い」と犯人を店の外に連行した。
 間髪入れずに高尾の断末魔が聞こえてくる。

「ブッフォ」

 一拍、壁際の席で、白美が盛大に噴き出した。静寂が破られる。
 彼は破顔したまま蹲り、ヒィと笑いをもらしながら背中を震わせた。

「あいつ……、また爆笑してやがる」

 振り返って火神が苦笑いする一方、黄瀬と黒子は目を丸くしていた。
 が、黒子はすぐに何か解けたように微笑む。

「火神くんの言うとおりです。今日試合をして思いました。つまらなかったら、あんなに上手くなりません」

 黄瀬はハァとため息をついて、肩を竦めた。

「確かにつまらなかったら、うのっちが今あんなに笑ってるわけないッスもんね」

「だから言っただろ」

「はい」

 さっきまでの殺伐が嘘のように、3人は和む。
 けれどそれも長くは続かなかった。
 高尾をシメたらしい緑間が店内に一人戻ってくる。

「火神、一つ忠告してやるのだよ」

「ん?」

 緑間は立ったまま火神に背を向けて言う。

「東京にいるキセキの世代は2人。オレと、『青峰大輝』という男だ。決勝リーグで当たるだろう。そして奴は、お前と同種のプレイヤーだ」

「ッ!」

 一帯に緊張感が走る。黒子と黄瀬の表情からはさっきまでの柔らかさはすっかり消え失せていた。

「……ハァ? よくわかんねえけど、そいつも相当強ええんだろうな」

 火神が緑間に問いかける。
 しかし緑間が答えるより早く、火神の背後からその声は飛んできた。

「――強いですよ、とても」

「しらが」

 答えたのは、白美だった。白美は壁に凭れかかって、コテを片手に弄びながら言う。口元はいつもの様に軽く弧を描き、しかしその眼は試合前のように僅かにギラついた光を放っていて、火神は息を呑んだ――のだが。
 白美の眼は、突然翳りを見せた。薄い口元はニヒルに吊り上る。

「でも君は、彼のバスケ、好きじゃないよねェ。――俺のと比べられるくらいにはさァ」

 いつものトーンからは一段と低まった声音、そしていつもとは随分と違った口調で、白美は黒子に声をかけた。 
 緑間は息を呑み、黄瀬は口を開き、黒子は目を瞠った。火神は眉間を寄せて、残りの面子は各々目を細めて困惑した。

「アレ、違ったかな?」

 だが次に口を開いた白美はいつもの白美だった。いつもの具合で、白美は首を傾げる。
 
「……どういうことだ? 黒子」

 火神が尋ねる。
 黒子は微かに眉間を寄せて、それから机の下で拳を握りしめて、「その通りです」と小さな声で問いを認めた。

「その通りです。ボクは、あの人のバスケは好きじゃないです」

 静かな黒子の答えに、白美は形のいい唇を吊り上げてどこか満足そうに微笑んだ。
 緑間はそんな白美を一瞥すると、机の上に札を置いて席を立つ。
 精々頑張るのだよと店から出ていこうとする緑間をに、黒子は「またやりましょう」と声を掛けた。
 緑間は次は勝つと静かに答え、店を後にする。

「……」
 
 オレンジのジャージに包まれた後ろ姿を、白美は明るい照明の下、微かに陰った眼差しで見送った。

(I know that you hate ...)

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