20Q 4
 ブザーが響き渡り、第3Q開始が告げられる。

「ファイトー!」

 客席の黄瀬は、ベンチで叫ぶ降旗の隣でコートを凝視する黒子と、俯いて微動だにしない白美の姿を見つけた。

「アレ、黒子っちベンチッスか」

「まあ、高尾がいる限りしょうがねえだろ。にしても、見た感じ無策っつーか……」

 笠松は、顔を顰めて呟く。

「うん? うん。あーね。しょうがないよね。正攻法では叶わない。かといって奇策で勝負するにはここぞという展開に持ち込む必要がある。だが、残念ながらその突破口は、ない」

 秀徳の監督も、ベンチの端で頬杖をついてコートを見つめながら、誠凛の敗退を脳裏に思い描いた。

 そう、誠凛がやっているのは、特に奇策を含まない一般的な対抗だ。
 奇策に極めて優れた白美が誠凛にはいる。更に、その白美すらも一目置く黒子もだ。
 だが、今現在その2人共がベンチに下がっていて、何より白美は俯いて動かないという謎の態度をとっている。

 黄瀬からすれば、白美がいるという時点で無策は有り得ないと信じていたが、他の者からすれば、無策か有策かもわからない状況だ。

 なお、秀徳には緑間がいるが、彼は白美を堕落したものだとして切り捨てている――つまり、秀徳はおおむね誠凛を無策と見ていた。
 ただ1人彼等が――特に緑間が警戒する黒子は、ベンチ云々の前にそもそも封じられて使えない。

 この状況で流れを変えられるとは思えない。

(なんでぇ、もうちょい何かしてくれると思ったんだけどなー。橙野とかもうコート見てねえし、この分じゃ、やっぱ真ちゃんの言うとおりってか?)

 コート上に立つ高尾は、普通に攻めてきた誠凛にがっかりしながら、ベンチで顔を伏せる白美にじっと目を向けた。

――伊月が、背後から自分をじっと見ていることには気が付かないで。

(読まれてるって知った上に3P見せつけられて、折れちゃった感じ?)

 応援や試合展開を見るどころか、ピクリとも動かないのだ。
 一見すれば、敗北に屈しているかのように見える。

(つっても、それをそれで誠凛の連中がほっといてるってのが気になるけど)

 とはいえ、彼等にそれに構っている余裕があるかないかと言われればないのだろう。
 正直、高尾も選手達も、今の誠凛は無策で半ば気合いを掲げて秀徳に挑んでいるようにしか、見えなかった。

 けれど白美という存在をどこまでも不透明で実体の掴めない男として警戒すれば、俯くの姿がまるで時を待っているケダモノのように見えてくる。

――折れたのか、それとも、ああして時を待っているのか。

 そんな思考の海に溺れそうになって、高尾は慌てて首を振った。
 どうも意識が逸らされていけない。

(ま、獅子ならぬ『鷹』のやることは1つ――、ってね)



 ところで実際、疑心暗鬼に陥っていたのは、高尾だけではなかった。
 まだ未遂程度だったが、白美をよく知る黄瀬すら、「白美が無策なのは有り得ない」と断言しておきつつ、死んだように動かない彼と、誠凛の戦闘態勢を前に、少し不安になっていた。

 まさか、このまま誠凛が負けるようなことがあるのではないか、と。

 だが――、黄瀬はよく目を凝らし、白美の身に付けたあるものを認識して、ハッと目を丸めた。

「うのっち――!」

 思わず彼の名を呼び、手すりから身を乗り出す。

――足元を飾っていた白美の白いバッシュが、鮮やかなオレンジのそれにすり替わっていたのだ。

 彼の手首にかかった髪ゴムの色は、オレンジ。

――確信した。この試合、間違いなく何かが起こる、と。


 白美のバッシュに気付いていたのは、黄瀬と、事前に知っていた黒子だけだった。
 秀徳の面子はもちろん、誠凛の面々もそのことに気が付かない。

 そもそも気付いたところで、それがどういう意味を成すか理解できる者自体がごく少数なのだ、監督はそのうちに入らなかった。

 緑間は白美のバッシュ以前に、彼を「ただの愚か者」だと切り捨てていたから論外だ。

 それより、緑間にはもっと気になることがあった。

(全員目は死んでいない。が――、コイツはなんだ。ただ諦めていないのとは何か違う……)

 緑間の視線の先には、吊り上った眼を静かにギラつかせている、火神がいた。

 緑間の眼に火神は映るようになっていたが、その分白美の事は頭の隅に押しやられていた。

(まあいい――、全力で叩き潰すだけだ……!)

 獅子のすることは、ただ一つ。



 彼等は――、自分たちの泳ぐ水が何時の間にか掻き回され、そこに未知の流れが起こっていることを、知らない。

 あとは火神だけだ、今にその時は来る、と。

 白美は垂らした前髪の下、誰にも気が疲れない様にひっそりと、オレンジの双眸を輝かせていた。

(sleeping serpent)

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