『一緒にいるだけで』


* * *

 足元で、チャプチャプと飛沫が散っている。無感動に見下ろしていると、明るい方からベルセルクの叫ぶ声が飛んできた。

「おらァ、せっかく海に来たってのにいきなり洞窟直行たぁいい趣味だな!」

 声が二重にも三重にも跳ね返っているからではなく、何を言っているのか理解できなかった。耳の裏の塩をポリポリと落とすダァトの後頭部を指先でつつくと、彼は面倒そうに振り返って、手短に告げた。

「砂浜で遊べってよ」

「暑いから嫌です」

「暑いからヤだってよ!」

 ダァトが大声を上げたので、また低い岩の天井に反響した。ベルセルクはユキナの遥か後方でしばらく仁王立ちしていたかと思うと、やがて諦めた風情で明るい砂浜から洞窟に寄せる波の方へと歩き始めた。

「――うぉっ、いきなり暗くなるな……あぁ、眼が慣れたぜ」

「……?」

「独り言だよ」

 ダァトの台詞で、ようやくユキナは岩の地面に腰を下ろした。岩だらけのゴツゴツした壁に背を預けると、冷たい感触と共に波音が直接骨に響いてくるようで、不思議な感覚だった。

「ダァトはなにやってんだ?」

「落ちたんだよ!」

「……は?」

「海!」

 ユキナが首を傾げた。ベルセルクはその隣にドッカリと胡座をかいて、「なんでもない」と手を振って示した。

「ンだよ、夏と言えば海って、人間の常識だと思ってたのによ――んにゃろ、ガセか!」

「海で楽しくやりたかったらしいぜ」

「……ああ」

 ベルセルクの眉間に寄った不機嫌なシワを眺めていたユキナは、ダァトの要約めいた言葉にパッチリと眼を見開いた。なぜ炎天下をわざわざ眩しい砂浜まで歩いてきたのか、今になってやっと知ったらしい。彼女は一瞬考えるような仕草を見せた後、膝を抱えたままの姿勢で、ブツブツと何やら口にするベルセルクに、腕と腕が触れる距離まで近付いた。

 ほんの一時、時が止まったように感じた。

「おい、なんだいきなり――」

「こうしていれば」

「ん?」

 ユキナの黒い瞳には、体中の塩の結晶を落とすのに一生懸命のダァトの背中と、弾ける波が映っていた。

「充分楽しいですよ」

「……」

「波が面白ェんだってよ!」

 少し違うけれど、相手にはちゃんと伝わったらしい。しばらくはつまらない波を眺めているだけでもいいか、と、ベルセルクはこっそり思った。


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