赤い実


 今日は晴れそうだな、と右腕の包帯を巻き直しながら燕進は思う。
 ここ一週間ばかり村を取り巻いていた重い空気は、昨夜のうちに立ち去ったのだろう。今、肌に触れるそれは、嘘のように軽い。
 晴天である証拠だろうか。居候――押し掛け舎弟とでも呼ぶべき少年は窓を全開にし、赤い毛に覆われた耳を楽しげにぴくぴくと動かしていた。
 しばらくそうして風を堪能してから、少年はこちらを振り返る。

「アニキ、今日は何の仕事から始めんの?」

「アニキじゃねぇって言ってんだろ、チビスケ」

 いつも通りに返すと、いつも通りに少年の眉が寄った。

「オレだってチビスケじゃねーもん」

 カイトって立派な名前があるんだぜ、という反論に、燕進は軽く頷いてみせる。が、それはあくまで形だけだ。その証拠に、

「朝飯の前に牛の世話だ。やる事は山ほどあるぞ、チビスケ」

 カイトの訴えなどなかったように、答えが返された。

 思った通り、空は雲一つない快晴だった。動いていると僅かに汗ばむ程度の気温で、働くには丁度いい。
 午前中の仕事を済ませ昼食を食べてから、燕進とカイトは山へと向かった。
薪になる木を探す為である。
 山道を慣れた足取りで進んで行くと、俄かに開けた場所に出た。背の低い木々がこの辺りだけに密集している。
 ここらで軽く休憩しようか、と燕進が考えていると、不意に服の袖を引っ張られた。

「ねぇねぇアニキ、これって食べれる?」

「あ?」

 袖を引くカイトに目を遣ると、彼は片手いっぱいに赤い木の実を持っている。

「……オンコの実か。食えるぞ」

「ホント!? やったーっ!」

 それを聞いたカイトは、手にした実を落とさないようにして両手を上げる。街中ならいざ知らず、村では甘い物はなかなか口に出来ないのだ。
 いっただきまーす! と尻尾を振りながら口を開ける彼を見て、燕進はふと思い出した。確か……

「食えるけど、種は出せよ。毒だから」

「――っ!?」 一気に五、六個頬張ったカイトが目を剥いた。ごくり、と喉が上下する。

「く、くく食っちゃったよぅ……どうしようアニキぃ……」

 見るからに血の気が引いた顔で見上げてくる彼に、燕進は顔を近付けて尋ねた。

「種を噛んだか?」

 カイトは耳を伏せてふるふると首を振ってみせる。目にはじわりと涙が浮かんでいた。

「そのまま飲んじゃったよ……味なんか全然分かんなかった」

 味の話はどうでもいい。問題は、噛んだか噛んでいないかだ。
 燕進は、泣き出しそうなカイトをじっくり眺めた。燕進の言葉に慌てて飲み込んだようだったし、苦そうな表情も見せていなかった。言った通り、そのまま飲んでしまったらしい。
 ふう、と息を吐いて燕進は腰に手を当てた。

「噛んでないなら問題はねぇぞ。安心しろ」

「ホントに? ホントに大丈夫?」

「安心しろって言っただろうが」

 しつこい。が、死ぬかもしれない、と不安に思ったのなら仕方ないだろう。
 カイトはまだ心配なのか、尻尾を下げて俯いている。手の中に残った木の実を見つめながら、これを口に入れるかどうか迷っているようだ。
 そんな少年の姿を見て、思わず燕進が吹き出した。消沈しているところを見て笑うのは失礼極まりないと思うが、しょげかえった姿があまりにも可笑しかったのだ。

「笑うなんて酷いよ、アニキ」

「悪い、つい」

 面白くて、という言葉を飲み込む。代わりにカイトの頭に手をやり、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「今度はちゃんと種出すんだぞ」

 言うと、カイトが不貞腐れた顔で頷いた。燕進も頷き返し、少年の小さな背を軽く叩く。

「じゃあ、それ食い終わるまで休憩だ」

 地面に直に腰を下ろし、燕進は立ったままのカイトを見上げた。「うん。分かった」と隣に腰掛けた少年の笑顔は、今日の空のように明るく澄んでいる。
 それを確かめた燕進の顔には、いつしか柔らかな笑みが浮かんでいた。


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