「お、やっとお目覚めかよ」
 待ち兼ねたぜ、とぼやいて見せる声は、ベルセルクの家に居候をしている獣人の物だった。
 薄らと開いた瞼を何度か瞬かせ、ベルセルクは声の主を確認する。
「ダァトか……?」
 夢を見ていたのか。初めはそう思った。腹の辺りに、温かくて重い何かが乗っている事に気付くまで。
「……」
 上体を起こし、何が腹に乗っているのか確かめる。と、彼は途端に声を失った。
 ダァトと一緒に居候している女性。異国から来たという彼女は、白い顔をこちらに向けて眠っていた。
 否、それだけならこれ程驚きもしない。
 驚いたのは、彼女の手に刃物が握られ、そして、掛けられていた毛布やシーツに大量の血が付着していたからだ。
「お前ェ……!」
 カラカラに渇いた喉で、ベルセルクはそれだけを口にした。
 彼女が――ユキナが何をしたかを瞬時に悟ったのだ。
 酔客に刺されたのは夢ではなかった。頬に手を伸ばし、傷口に触れて確かめる。
 腹の傷はもう塞がっているのだろう。寝具に付いている血は恐らくベルセルクの物ではない。
 これは、特殊な血を持つユキナの物だ。
 彼女の血に触れた物は、時を遡ることが出来る。壊れた物を壊れる前の状態に。傷付いた者を傷付く前の状態に。
 刃物で掻き混ぜられたベルセルクの傷を“なかった事”にする為に、一体どれ程の血が必要だったのだろう。彼女の傷も血液によってすぐに塞がってしまう為、傷跡からそれを判断することは出来ない。
「助かって良かったじゃねぇか。――ユキナに感謝しろよ」
 ダァトが言う。しかし、その声はどこか冷たく響いた。
 ベルセルクが助かった事を憎く思っている訳ではない。それは分かる。けれど、手放しでは喜べない。その事も、痛い程に分かる。
「……感謝なんか、出来るわけねぇ……!」
 ようやく出せるようになった声で、ベルセルクは唸るように呟いた。彼女をこんな目に遭わせて、素直に喜べるわけがない。
 胸が重い。どうしてこんなに苦しい?
 今まで誰が傷付こうが、自分さえ無事ならいいと思っていた筈なのに。
 きつく握っていた手を開いて、ぎこちない動きで彼女の頬に触れた。その頬の温かさに安堵の息を吐く。


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