暁光

 ひゅっと空を切った拳の先を見、ベルセルクは息を飲んだ。間髪を入れずに耳の横で空気が鳴る。
 反射的に上体を右にずらしたが、相手の靴先が頬を掠めた。ちり、とした痛みが走る。煩わしい。
「よく避けたね。流石は用心棒」
 わざとらしい口笛を吹く男を睨み付け、ベルセルクは頬を伝う血を拭った。ただの酔客だと侮っていたのが災いしたか。

 スラム街の一角。何処にでもあるような安い酒場の裏手である。
 事の起こりは単純だ。客――半端者と呼ばれる獣人と人間の中間種――にこの人間の男が絡んできたのだ。
 当然、店の中での喧嘩はご法度である。それも、人間が一方的に絡んだ格好になっていれば、最早この男を客としては扱えない。
 そう言った訳で、この店で用心棒をしているベルセルクの出番と相成ったのだ。

 ベルセルクは奥歯を噛み締め、伸ばし切っていた右手を脇に引いた。相手は、いつも伸している手合いと違う。
(人間風情が……!)
 獣人も、その血を受け継ぐベルセルクも、人間より遙かに恵まれた身体能力を持っている筈だ。事実、その能力を買われて、彼はこの仕事に就いている。
 相手の人間は、それを物ともしない程の手練れだという事か。
 ベルセルクは半身引いて、回し蹴りを繰り出した。リーチの長いその攻撃を、相手は避ける事なく受け止める。見た目は軽やかな攻撃だったが、その音と、男のよろめきが衝撃の重さを物語っていた。

「おー、痛てて……半端者とは言え獣人か。こりゃ、受けるのは得策じゃないな」

 蹴りを受けた右腕を振りながら、男が呟いた。ベルセルクはその呟きが終わらない内に軸足を右に切り替え、左のそれを振った。不格好ではあるが、二段蹴りの形になっている。
 だが、紙一重で男が避けた。と、それを確認した途端に、彼の姿が視界から消える。
「!」
 この緊迫した事態で、目標を視認出来ないのは致命的だ。
 慌てたベルセルクが視線を巡らせた時、
「ここだよ。半端者」
 顎の下から声がした。
「テメェ……っ!」
 危険だ。急いで離れなくては。
 そう思う間もなかった。

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